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2006年10月24日

文字の「違い」とは何か(7)

手書き文字の字形に関するユレ

手書き文字の字形に関するユレについて,少しみておきたい。それは,手書き文字→活字字形の過程で,手書き文字特有のユレを文字本来の字形的要素として誤認する結果,外字が発生することが多いと考えられるからである。すなわち,手書き文字のユレの傾向をしっかり理解することが,無駄な外字の発生を抑える有効な手段になるのである。
なお,OCRにおける認識アルゴリズムの開発現場においては極めて多数の事例を収集して分析されているはずであるから,その種のデータが入手できる方はそれを参照して判断していただきたい。私は,そのような開発を経験したことはないため,ここに述べるのはかなり一般的かつ常識的な範囲に留まることをお断りする。
手書き文字のユレを以下の13種類に分類して考えてみているので,若干の解説を付け加えながら紹介しておく。
なお,筆写字形と活字字形の対応に関する「常用漢字表」等の例示は念頭にあるものとして話を進める。
① 出る・出ない(交わる・交わらない)
先に「女」で説明した。「耳」の五画目の右ハネ(トメの場合もある。当用漢字の筆順では最終画)についても「女」と同様の関係にある。その他よく例に出されるのは「非」の四画目の収筆と一画目の関係である。これは筆順から言えばコントロールしやすいといえそうであるが,ハネの場合には勢いというものがあり,簡単ではない。また「雪」の脚部“ヨ”の二画目収筆と一画目転折後の縦画の関係も,この分類に入る。これはトメであるから比較的コントロールはしやすい。
ちなみに,この「ヨ」は,明朝体では戦前は二画目を右に出していた。つまりここでの「出る・出ない」は旧字・新字の関係にある。古い教育を受けた人は,あえて手書き文字においても意識的に「出す」こともありえる。
「化」の“ヒ”の左ハライ収筆と二画目との関係もこのカテゴリーに該当する。ただし,“ヒ”の場合は単純に「出る・出ない」では片付けられない。もともと“ヒ”と“匕”は義も異なるからである。明朝体の「化」の場合では「出る・出ない」は旧字・新字の関係になる。
② 付く・付かない(離れる)
これは大きく分けて,偏と旁,冠と脚の間や,偏旁・冠脚のそれぞれの部品を構成するサブパーツ間の「付く・付かない(離れる)」と,ストロークレベルでの「付く・付かない(離れる)」があり,文字として考えれば,当然重みは異なる。一文字を構成する画線の粗密によっても大きく影響されるであろう。書の世界では楷書でも偏旁・冠脚が接触している例は枚挙に暇がないが,一般の人の手書き文字では,比較的に偏旁・冠脚を離す意図が見られるようである。
むしろ,ここで問題にすべきは,あるパーツ内での「付く・付かない」であろう。たとえば,楷書における「日」,「白」,「月」,「目」,「自」,「見」,「貝」などの中に入っている横画は,右側の縦画には付いていないものが多い。顔真卿はほとんど右側を空けている。『多宝塔感応碑』ではよほど狭い場合を除いて,例外がないほど左は付け右は離しているのである。ただし縦画が中央を貫く,「車」,「東」,「申」などでは左側も離している例がある。褚遂良などは両方を開けている作品も多い。しっかりした結構の中にもやわらかさと風通しのよさを感じることと無縁ではないであろう。
なお,「日」と「曰」(いわく)の差は中の線の右側が付くかどうかというよりも全体の縦横のプロポーションにある。また「月」は当該部分が付くかどうかでもともとの義も異なるのであるが,現在ではほとんど意識されないであろう。
こうした「付く・付かない」とはまったく異質なのが「木」と「ホ」に見られるものである。このユレは「常用漢字表」にも「条」と「保」の筆写字形のバリエーションとして例示されているが,もともと「木」と「ホ」は別のパーツである。このユレは単に「付く・付かない」だけでなく,四画目は「払う・押さえる」の差としても現れる(「木」においても偏に来る場合に四画目を押さえることがよく行われることはいうまでもない)。
③ ハネル・ハネナイ
もっとも顕著な例は「木」であろう。楷書では「木」はハネるのが当たり前である。「禾」や「米」などもハネる。明朝体ではこれらの文字またはパーツはすべてハネナイこととされたために,本来の筆法ではハネてよいはずの教科書体がハネない字形になり,児童は「木」もハネてはいけないと教わる。そこで楷書で書く場合の「ハネル・ハネナイ」に大きな混乱を生じることになる。それが現在の状況であろう。
そもそも「ハネル・ハネナイ」はきわめて動的なものである。文字内連綿の一変形と考えることができるハネも多い。最終画の収筆でハネル場合も多いが,勢いがあればハネは自然に生じるものでもある。
文字間連綿の場合,たとえば「皿」の最終画を止めて次の文字に移る場合,筆を離すよりも次の文字への運筆が早ければ,ややハネることになる。したがって「ハネル・ハネナイ」は,こうしたダイナミズムの発露として表現されるものであることを理解したうえで弁別すべきである。
④ 払う・押さえる
よく,空間の余裕があれば払い,余裕がなければ押さえる,ということが言われる。しかしそれは書体デザイナが判断する類の話である。普通の人が手書きする場合には,そういうことを厳密に考えて書くとは限らない。押さえる傾向が強い人,払う傾向が強い人など,どちらかと言えば書き手のクセに左右される場合も多いものと考えられる。書体デザイナは正方形の枡の中にバランスよくデザインするのであるが,手書きの場合,すべての文字に対して同一の大きさを持つ正方形のボディを強く認識しながら書くなどという人は,まずいないであろう。手書き文字の「払う・押さえる」の差とはこういうシチュエーションのもとになされるものなのである。
たとえば「因」という字を書くことを考えてみよう。“大”の最終画はクニガマエの中で窮屈だから押さえようという人ももちろんいるであろうが,大は勢いよく払ってこそ“大”と言える,という思想を持って伸びやかに払う人も入るはずである。そしてその結果,払いの先がクニガマエの右側の線を越えてしまう,ということもあるかもしれないし,あらかじめクニガマエを大きく書いておく人がいてもおかしくはない。生きた手書き文字とはこんなものなのである。
⑤ 払う・縦画
このカテゴリーはわかりにくい,というよりこの種のバリエーションを指摘する人もほとんどいないかもしれない。具体例で説明する。「周」をパーツとする文字の中で,「彫」の場合は一画目は縦から左に払われるが,「周」が旁になる「調」などでは周の一画目は往々にして縦画に書かれる。極端な場合には収筆部が内側にハネている場合もある。
もちろん「彫」の一画目を縦画に書く人もいる。これは個人のクともいえるかもしれないが,実際の書き文字を見れば,このようなバリエーションがいかに多いかがわかるに違いない。
「静」の「月」一画目も払う書き方は古くからあり,かならずしも垂直には書かれない。人によっては「青」の下は「月」ということで払う,ということもあるであろう。
付言すれば,楷書の筆法として「背勢」と「向勢」がある。欧陽詢の,いわゆる欧体と言われる書風はいわば凹レンズ型であるのに対して,顔真卿(の顔体)は凸レンズ型である。たかが縦線と言いたいところであるが,微妙な曲線で表現することで個性と味わいが出るのである。
⑥ 曲げる・直線
たとえば「見」を考えていただきたい。下側のヒトアシは一画目は左下に払うものである。しかし実際に書かれた文字を見ると,ほとんど直線で書いている場合がかなりある。また,反,版などの部品としての“又”は左右に払うのであるが,これも小さく書く場合または込み入った文字の部品として書く場合には往々にして(×のように)直線で書かれることが多いものである。わずかな曲率の曲線を正直に曲げて書くことは意外に少ないと言えるかもしれない。「典」,「真」,「貝」などを想起していただければ理解できるのではないであろうか。
⑦ 直線の傾斜
手書きされた「画」を見ると,「凵」部の縦画が垂直線に書かれているものは非常に少ない。ほとんど上部が空き気味,すなわち左側の縦画は左に倒れ,右側の縦画は右に倒れた斜線になっている文字が多いという傾向が認められる。一方,「渦」の旁の二つの「冂」も同様に下が窄まる形に書かれることもある。
これは,楷書の筆法を考えてみるとよくわかる。たとえば「口」の字形は下の横画を少し短く書くことによって安定した字形になることを教えられる。この傾向は「口」だけでなく,「田」,「日」,「目」などにも言える傾向である。
これは上述のように,もともと楷書の筆法がそうであるだけでなく,小学校で教える教科書体でもこの形で教えているのであるから,このように書く人が多いのは当然である。
明朝体の横画が水平にデザインされていても,手書きで水平に書く人だけではないことにも通じる。一般に縦画でほぼ垂直に書かれるのは「中」,「申」,「東」などの中心を貫く線ぐらいであって,その他の縦画は,どちらかに傾く傾向があるように思われる。
こうした手書き特有の傾斜とは別に,たとえば「直」の二画目の類の問題もある。「真」の二画目などにも言えることであるが,明朝体でもユレの対象になる部分である。手書き文字の場合,これが斜めになりすぎると三画目の起筆位置に近くなる。これもユレの一種と見るべきであろう。縦か斜めかのユレは,そのまま起筆・収筆の位置問題につながる場合もあるのである(小学校では,「真」,「直」の二画目は垂直として教える)。
⑧ 点・横画
ゴンベンの一画目,すなわちナベブタは楷書では点である。しかしこれを横またはほとんど横に近い線で書く人は多い。
⑨ 点・縦画
上記とは逆に,ナベブタの一画目を縦画にする人も多い。このあたりは目に触れる活字体の字形に引きずられるのかもしれない。
⑩ 起筆位置の差
「人」の二画目を一画目起筆部と同位置から起筆する人はまずいない。「久」の三画目を二画目の転折部から起筆する人もほとんどいないであろう。「木」の三,四画目を十字の交点から起筆する人もいるし,やや下から起筆する人もいる。とくに偏に来る場合の四画目は下から,しかも離して起筆することも多い。早書きの場合などで,起筆位置が縦画の左になる場合も多く見られる。
さらに「口」などの字形は,二画目が一画目起筆部よりかなり下から起筆される書き方もよく目にする。このように,収筆部だけではなく,起筆位置もさまざまなポジションをとるものである。
⑪ 曲げ方・折り方の差
「九」の二画目にはさまざまな形状のバリエーションが存在する。二画目の横画から転折後のほとんどをなめらかな曲線で書かれることもあれば,さらに二回の折りで表現されることもある。曲線の場合でも,Rが大きな曲線にする人も入るし,小さいRの曲線に書く人もいる。「必」の三画目なども,かなり書く人によるバラツキがある文字の一つである。同様なことは「心」についてもいえる。また「浅」の七画目のようなタスキなども形状のバリエーションが多い方であろう。
これらの手書き文字におけるユレは,明朝体ではデザイン差になるものと,手書き文字だけのユレとされるものに分けられる。明朝体でデザイン差になる,というものは明朝体様式に則った場合に複数の表現方法があるということである。
⑫ (相対的な)長さの差
「三」の三本の横画の長さについては。真ん中<上<下ということは多くの人が認めていることであろうが,それでは「羊」,「春」はどうであろうか。あるいは「実」はどうであろう。この文字の場合,上<真ん中<下という書き方も多く見られる。「奉」の下の「キ」における二本の横画の長さは?
これらの文字の実際の書き方では,長さの関係はかなりマチマチである。「雪」の「ヨ」の中の横画を上下と同じにするのか,短くするのか,あるいは長くするのかなども個人差がある。この文字は小学校第二学年で学ぶ文字であるが,学習指導要領の「学年別漢字配当表」の字形では,この三本はほとんど同じ長さだけに解釈は区々なのである。したがって,これらの長さの差は文字の字体を決定するものではなく,単に書きグセの範疇なのである。
⑬ その他
ここで記述している目的は,手書き文字の字形を見て明朝体などの印刷用文字を設計する際に誤った解釈をすることを避けるためである。しかし,実は逆のケースもあるのである。
現代という時代,手書き文字を見るより印刷された文字を見るチャンスの方が圧倒的に多くなった。このことは,印刷用の文字字形が手書き文字の字形に影響を与える時代になったということでもある。そのために,八屋根を付けたり筆押さえを付けたりといった,本来は印刷用文字(明朝体だけでなくゴシック体にもある)の形をそのまま真似た手書き文字も現れることになる。そういう意味では手書き文字も「何でもあり」の世界になった。手書き文字の字形が明朝体に似れば似るほど,じつは解釈を危うくすることをしておかなければならないともいえるのである。

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2006年10月15日

文字の「違い」とは何か(6)

常用漢字表,表外漢字表にみる筆写の字形の考え方

「常用漢字表」の「字体についての解説」には,筆写の楷書ではいろいろな書き方があるもの,として,

  • 長短に関する例
  • 方向に関する例
  • つけるか,はなすかに関する例
  • はらうか,とめるかに関する例
  • その他
に分類して字例を挙げている。
一方,「表外漢字表」では「印刷文字字形(明朝体字形)と筆写の楷書字形との関係 」という項を立てて,以下のような解説を付している。
表外漢字における印刷文字字形と筆写の楷書字形との相違は,常用漢字以上に大きく,常用漢字表でいう字体の違いに及ぶものもあるので,この点については特に留意する必要がある。
そしてさらに,
そのような字形の相違のうち,幾つかを例として掲げるが,これは,手書き上の習慣に従って筆写することを,この字体表が否定するものではないことを具体的に示すためである。以下,「明朝体字形」を先に掲げ,次に対応する「楷書字形の例(明朝体字形に倣ったものの例/手書き上の習慣に従ったものの例)」という順に並べて示す。
として,12例を図示している。
なお,このBLOGに目を通される諸氏は「常用漢字表」や「表外漢字表」には精通されているであろうから,この内容および図は,ここには掲げない。
しかし,これらの「筆写字形」はほとんど正規化されてしまっているのが気になるところである。文字は生き物である。とくに「筆写」という行為そのものがダイナミズムであり,しかも,そのダイナミズムには,
  • 一般的傾向としてのユレ
  • 個人差
  • 個人内でのバラツキ
が混在する。こうしたものを踏まえて「筆写の文字字形とは」に答えていく必要があるのである。
たとえば「表外漢字表」の上記12例の図版では(10)の「遡」と「腿」については,“(10)で「明朝体字形に倣った例」を省略したのは,楷書字形としては一般的でないという判断に基づいたものである。”との注釈をつけた上で「明朝体字形に倣ったものの例」を除いているが,これはシンニョウの筆写(楷書体)字形と明朝体字形はまったく異なり,明朝体字形に倣った書き方はしない,という前提でまとめたことによるのであろう。
しかし実際に一般の人たちが筆写するシンニョウの字形の多くが,実は明朝体風になってしまっているのである。もちろん硬筆系を含めて書をやっている人たちは楷書のシンニョウ字形を書くであろうが,社会に流布している手書きのシンニョウは,むしろ明朝体風が多数派のように思われる。とくにキチンと書かねばならないときほど,その傾向が強いように感じられる(残念ながら統計を取ったわけではなく,周囲の手書き文字を見渡したかぎりでの感想に過ぎないが)。
楷書で手書きしなければならない文書もあるが,シンニョウについては明朝体風で書いてもそのまま通ってしまうご時勢ではないであろうか。
こうした社会事象を踏まえて文字字形を論ずることが肝要であろうと思うのであるが,現実はそうともいえないのが残念である。

実際の筆写字形のダイナミズムを考える

前回には「女」を例に「出る・出ない」の問題を論じた。たかが「出る・出ない」ではあるが,筆記具の動かし方を含めて分析すると意外に奥が深い。筆順などを配慮すると,むしろばらつかないほうがおかしいというケースも多いのである。
たとえば「告」(これが部分字形になる文字でもよい)を考えてみよう。三画目の縦画は四画目の横画の下には出さない。ここが出ると「牛」になってしまい,文字によっては「新字・旧字」の関係になって「出る・出ないの瑣末な差」では済まなくなる。
しかしこの問題の部分は「女」とよく似ていて,当該箇所の「出る・出ない」を最終的に決めるのは,その後に書くストローク次第になってしまうのである。縦画を収める位置をいかに慎重に定めたつもりになっても,次のストロークである横画の引っ張り方次第で,出たり引っ込んだり,ということになるから,早書きをしたり多少でも雑な書き癖がある人にとっては,どうしてもバラツキがでてしまう構造なのである。
ただ,前にも述べたことであるが,「田」の三画目の縦画が上に出ると「由」になり,下に出れば「甲」に見える,ということがわかっていれば,できるだけ出さないように注意するという意識が生じるであろう。ちなみに「田」の三画目縦画が上に出てしまうということは,普通に書いているかぎりあまりないかもしれない。なぜなら三画目の起筆の基準とすべき二画目がすでに書かれているので,単に二画目の線上からスタートさせればよいからである。その代わり,収筆部の「出る・出ない」は最後の横画が引かれてはじめて確定するわけであるから,どうしてもバラツキが大きくなる。
しかし本項(2)(9月26日)に電総研が集めた手書きの「田」字の一部を掲載したが,三画目縦画起筆部が正しく付いていないものも多く,そういう意味では理屈だけで説明できる世界ではないことがわかる。ただ,この資料を見ていると三画目縦画起筆部が正しく付いていない文字は他の箇所も中途半端なものが多く,書き手の性格が出ているのかもしれないとも推定できそうである。
手書き文字のユレを分析する場合,最低でもこれらの「状況把握」をできるだけしっかりしておく必要があるものと思う。先にも少し触れたように,同一人でも状況に応じ,場合によっては心理的な原因で文字の書き方が変わるものである。
こういうことを踏まえて,これから手書き文字の字形のユレを考えていくことにしよう。
まず「出る・出ない」レベルの差異の種類がどのぐらいあるかを考えてみる。結論的には,おおよそつぎのように分類できるのではないであろうか。

  • 出る
  • 出ない(交わる・交わらない)
  • 付く・付かない(離れる)
  • ハネル・ハネナイ
  • 払う・押さえる
  • 払う・縦画
  • 曲げる・直線
  • 点・横画
  • 点・縦画
  • 起筆位置の差
  • 曲げ方の差
  • (相対的な)長さの差
  • その他
これだけでは具体的なイメージが湧かないかもしれないので,次回はこれを順次説明していくことにする。

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2006年10月09日

文字の「違い」とは何か(5)

伝言ゲーム的「新字開発」

今回は異体字発生の要因のひとつともなっている「伝言ゲーム的変化」について取り上げる。
本項(4)で「女」の二画目の起筆が三画目の上に出るか出ないか,という字形の差について論じた。教育漢字の字形(教科書体といわれるものであるが,楷書体と言い換えても間違いではない)では「少し出す」形で教え,一方,社会生活の規範書体である明朝体では「三画目に接して上には出さない」字形が標準的に用いられていることを示したのであるが,この両者は筆写の字形と印刷用文字の字形との差として受け止めることも不可能ではない。
そこでもう少し一般的な字形の差について分析していくことにしたい。最終的に問題にしたいのは

  • 筆写の字形と印刷用文字(ここでは,ほとんど明朝体に絞って比較する)の差
  • 明朝体同士の差
であるが,その前に「筆写の文字のユレ」について考察しておかねばならない。なぜなら,筆写(手書き)文字は宿命的に書き手の個人差の影響を受けるだけでなく,同一人が書く文字においてもその時々の環境の違いで差が生じるためにさまざまなバリエーションが発生すること,そして漢字字形に対する無理解から,その差を有意として明朝体字形に反映させてしまうことによる混乱が「諸悪の根源」のひとつにもなっていると思うからである。
しかし,その話の前に述べておべきことがある。漢字における異体字の発生要因にはさまざまな力学が作用しているのであるが,多くの原因に「伝言ゲーム」的要素がかかわっているということである。詳細は別途,具体例をみながら論ずることにすることとして,ここでは概要だけを述べる。
最初に楷書で書いたものをみながら草書でこれを写し,それをさらに別の人が楷書で書き写すと,最初の文章とは違った文字が入り込むことがあり得る。それは楷書と草書という書体字形の間には一対一ではなく,「多対一」の対応関係で成り立っているからである。楷書と行書においてさえ,この関係を有する文字群があることも銘記しておかねばならない。
草書で偏旁の一部が同一となる例.JPG
それにもかかわらず,正しい読み方ができるのは文章内容によってどの文字かを判断できるからである。たとえば「国際劇場,柿落とし」とあれば,たとえ漢字として「柿(カキ)」と書いてあったとしても,だれも「カキが落ちた」とは読まないであろう。しかし内容が読み取れない文字,その多くは固有名詞であろうが,文脈からは想像のしようがない文字もあり得る。そして,こういう文字は適当に「形状が同じ」と思われる文字を当てはめてしまうことになるのは容易に想像できよう。
右図を見ていただきたい。これは,草書体で書くと,“波”,“彼”,“保”,“計”,“豫”の偏は,すべて同じ字形になることを示している。つまり,サンズイもギョウニンベンもニンベンも皆同じということになる。同様に,“行”,“軒”,“新”の旁も同じになってしまう(岡田起作著『草海』文会堂書店 1912)。
以上の例を見れば,草書の形を見て楷書で書くと,場合によってニンベンがギョウニンベンになってしまうというメカニズムがわかると思う。
次に示すのは,草書で同一形になる例である(前掲書より)。
草書において同一字形となる例.JPG
たとえば「熊」も「態」も草書ではほとんど同一に書かれる。したがってこれを楷書に書き直すときに入れ替わってしまうことは十分に考えられるのである。この資料によれば,「欲」と「會」などという,楷書の字形からは似ても似つかない文字が草書では同一字形になってしまうことがわかる。
しかしこれはあくまでも「正規の崩し方がわかった人の手になる草書」においていえることであり,自己流の崩し方をした文字は,さらに多数の(しかも本来は選択されようがない)文字にまで結び付けられてしまう可能性がある。既存の文字に当てはめるのであればまだよいのであるが,結果として新規に文字を創造してしまうことも大いにありえるのである。
「崩し方」をストロークレベルにまで落としていくと,楷書→草書→楷書,という筆写遍歴だけでなく,楷書→楷書→楷書→…という転記においても上述した現象が起こる可能性も否定できないことになる。
こうして際限もなく文字が増えていってしまうという構造ができあがるわけであるが,そこには「勝手に文字を創造してしまった」という感覚はまったくないだけにいっそう深刻なのである。しかもこの種の「新字開発」はいまでも続けられている可能性がないわけではない。だからこそ文字に対する意識をみんなが高めていく必要があるのである。
次回は筆写(手書き)文字における字形のユレについて検討したい。

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2006年10月04日

わたりの「能力」

「揺れる漢字の字体」から

前回の最後に,

外字増殖の多くは,「手書き文字と印刷用文字」の字形の混同にあるように思えてならない。だとすれば,この違いの明確化が無用の文字をつくらないための最善の道のように思われるのである。どなたかが「わたりの能力」と言われていたが,外観上の違いがあっても,それを同一とみることができる能力がなければ,とくに文字の世界は破綻をきたす。

と書いたのであるが,「どなたかが……」では何となくすっきりしないので,記憶を呼び起こすべく私のスクラップ(一応,データベース化してある)を確認してみた。その結果,そのタネは「探求 記者の目」という朝日新聞のコラムの1997年3月1日付紙面であった。「揺れる漢字の字体」というテーマである(署名記事で,記者は由里幸子氏)。
ここでは,JISの幽霊字問題,包摂基準,正字か略字か,などの議論を紹介した後で,
これらを聞くと,字体は違っても同じだと認識する「渡り」能力こそ重要だという,茨城大学教授の小林一仁氏の意見はうなずけた。

と述べている。改めて,「渡り能力」という表現はぴったりだと思う。

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2006年10月03日

文字の「違い」とは何か(4)

ふたたび「女」について

ここで女性論を展開しようというのではない。「女」の字形について再度取り上げ,文字の違い,字形のユレ,手書き文字と印刷用文字の違いなどについて基本的な考察をしておこうということである。

教育漢字「女」.JPG
左図は小学校学習指導要領の『漢字配当表』に示された「女」である。印刷自体がすっきりしていないのでやや見にくいが,二画目の起筆が少し三画目の上に出ているので,学校ではそのとおりに教える。「義務教育における漢字学習(2)」で述べたように,中学校の教科書に使用する明朝体までこれに倣って,二画目の起筆を三画目の上に出しているのである。しかしそこでも述べたように,一般の明朝体においては,この部分はほとんど出していない。すなわち,実際に現在流布している明朝体は,ほぼ次図の2種類に分類できる。この2種類の差は二画目の起筆形状だけ,すなわち起筆時の筆の押さえを象徴している突起(これにはいくつかの名称が付されているが,墨溜りと呼ばれることが多い)の有無だけである。
標準的な明朝「女」.JPG
これを狭義に解釈すれば現在の『常用漢字表』の字形を踏襲しているとも言えるが,この傾向はいまにはじまったことではなく,近代金属活字の黎明期からの傾向でもあった。
たとえば下図は近代日本の金属活字の原型になったともいえる上海の「美華書館」の活字であるが,二画目起筆は三画目の横画の下から出している(この図版は印刷史研究会編『本と活字の歴史事典』 柏書房 2000から,一部を転載させていただいた)。
美華書館の活字.jpg


次の図は文化庁の『明朝体活字字形一覧』に掲載されている部首「女」の一部であるが,これも前述の2分類に当てはまる。
『明朝体活字字形一覧』一部.JPG

それでは最初から明朝体はこの形だったのであろうか。すべての書体がそうであるように,明朝体の成立時期については明確な線は引けないのであるが,大雑把に言って,宋版と呼ばれる木版の文字が元,明時代になって生産効率向上のための統一的な様式を得てひとつの書体としての体裁を整え,金属活字がつくられはじめた清朝代に完成した書体である。
たとえば上図の資料で左から二番目(最左端は部首の表示)は道光版康煕字典の字形であるが,「女」は二画目の起筆がほんのわずかに上に出ているものの,その後の金属活字では出ているものはほとんどない。
まだ十分に調査を行っていないが宋時代のものと明の後期の木版文字を例示しておく。二画目がかなり上に出ている文字があることがわかるが,一方で三画目の横画の上に出ていない字形も存在している。


 南宋「魚玄機詩集」  明朝後期「明僧弘秀集」  明朝後期「文心彫龍」 
南宋「魚玄機詩集」.jpg明朝後期「明僧弘秀集」.jpg明朝後期「文心彫龍」.jpg

よく知られているように,宋版の最初のころの文字は筆で書いた文字を下敷きにして彫ったのであるが,当然,代表的な楷書体がベースになった。そのうち印刷物の需要が増加し,ひとりの彫師がすべて彫るのではなく,縦,横,斜め線などのエレメントごとによる分担制になって単純化・形状の固定化が加速され,楷書の表現はいくつかのカテゴリーに捨象されていく。その過程で「出っ張り」も取られていくという構図が浮かんでくる。結局,活字の母型を彫るころにはすっかり引っ込んでしまうのである。
その過程においては,おそらく,その程度の差では文字の特定に影響を与えないという「厳然たる事実」の存在が根拠になっていたのであろう。
顔真卿『多宝塔感応碑』の「女」.JPG
たとえば左図は顔真卿の『多宝塔感応碑』から採った「女」であるが,二画目は見事に上に突き出している。また,次に示すのは『五体字類』の「女」であるが,二画目の筆が出ているものが多いものの,王羲之の書には三画目の横画よりわずかに下がって起筆しているものもある。
『五体字類』の「女」.jpg
しかし王羲之も二画目をかなり突き出して書いているものも多い。
王羲之1.JPG王羲之2.JPG
左は王羲之の「孝女曹娥碑」(絹本,358年)から,右は王羲之の「官奴帖」(宋拓)から採ったものであるが,いずれも二画目を大きく突き出して書いていることがわかる。
要するに,このあたりの差異は「問題にならない」程度のものだということが言えるのである。手書き文字におけるこの部分のユレをまとめると次のようなバリエーションになる。日常の手書き文字のバラツキはこの程度は十分にあり得るレベルとみて間違いあるまい。
「女」手書き文字のバラツキ.jpg
逆に言えば,上図のような書きぶりは手書き文字では常識的に許される範囲であって,それを印刷用の文字字形のバリエーションとして対応させなければならないものでは決してない。さらに言えば,文字の使用者としても印刷用の文字字形にまでこうした手書きのユレを持ち込むような主張は慎むべきであるということでもある。そこに文字同定の難しさがあるが,しかしそれにもかかわらず文字同定は重要な手続きである。
これについて日本加除出版発行の『戸籍時報』に連載した『なぜ外字は増殖していくのか』の最終回(2006.4月号)に述べたことを再掲しておく。
文字同定という作業は,ある文字が他の文字と別物であると判定することもあるが,逆に同じものであると宣言することもある。同一と判定された文字は独立した存在を否定されたことと同義であり,その存在を肯定してきた当事者にとっては,いわば死刑宣告にも相当する。これはけっして簡単に妥協できるものではないことは十分に理解しつつも,しかしその判定をどこかで行わなければ外字は無限に増殖を続け,社会的損失も莫大なものになってしまうのである。

外字増殖の多くは,「手書き文字と印刷用文字」の字形の混同にあるように思えてならない。だとすれば,この違いの明確化が無用の文字をつくらないための最善の道のように思われるのである。どなたかが「わたりの能力」と言われていたが,外観上の違いがあっても,それを同一とみることができる能力がなければ,とくに文字の世界は破綻をきたす。「違っても同じもの」と「同じに見えても違うもの」の差をわきまえることが必要なのである。
今回は「女」の「出る・出ない」問題を取り上げたが,次回はこれを一般論に敷衍してもう少し掘り下げていきたい。

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2006年09月29日

文字の「違い」とは何か(3)

手書き文字と印刷用文字の「出る・出ない」

JIS X 0213:2004「追補1」で例示字形が一部変更されているのであるが,この中には,たとえば,
JISにおける「鵠」の字形変更.JPG
のような例がある(左が変更後,右が変更前)。この「例示字形変更」には,字体差から単なるデザイン差まで,さまざまな種類の「差」が含まれているのであるが,この文字について「表外漢字表」では「交わるか,交わらないかに関するデザイン差の例」にも挙げられている(下図)。
表外漢字表デザイン差の説明としての「鵠」.JPG
「常用漢字表」も「表外漢字表」も,そしてJIS規格においても,「字形」の定義は曖昧に思われる。「常用漢字表」や「表外漢字表」では「字体差でなければデザイン差」という二元論の立場を採っており,とくに後者においてその思想が顕著であるが,そんな単純なものでないことについて機会あるごとに主張してきた。しかし残念ながら理解者は少ない。
この問題を掘り下げて考えようとすれば,まず字形の差がどのように現れるのかの分析が必要があるが,多くの専門家は,そういう分析を放棄しているかに見える。そこで,ますます混迷の度が深まるばかりになるのである。
先に例示した「鵠」に話を戻す。この二つの文字の字形的差異は,偏の三画目の縦画収筆が下側の横画を貫くか否かというだけである(そこで表外漢字字体表では「交わるか,交わらないか」の差としているわけである)。しかし貫いたとたんに部分字形としては「牛」になるから,運筆を考えれば「筆順が違う」ことになる。筆順違いの文字を単なる「デザイン差」などと呼ぶ鷹揚さは,さすがに許されるものではないであろう,というのが私の基本的姿勢である(これは「字体差とは何か」という問題でもあり,別途,詳細に論ずることにしたい)。
なぜ,この種の文字を「デザイン差」で片付けようとするのかを考えると,(「好意的に」深読みしているのかもしれないが)手書き文字の「出る・出ない」と同一視しているのではないか,と思えなくもない。
前回の「田」字のバリエーションを想起してほしい。この漢字は小学校第一学年で履修する漢字である。「中の縦線と横線は,ちゃんと外側の線に付けましょう」と習ったはずであり,ちょっとでも離れれば先生に注意されたであろう。にもかかわらず実際に社会に出てから書く「田」は,四箇所ともしっかり外側の線に付けて書く割合は何と十数パーセントに過ぎないのである。そしてそれは前回も述べたように「それでも十分に通じる」ということを社会に出てから実地に学んでいったからなのではないであろうか。
これを「鵠」に敷衍して考えてみる。「女」字形でも述べたように,まだ書いていない線に接するように止めよなどといっても,そう簡単にはいかない。かくして「牛」を書くつもりではないにもかかわらず,縦画が下側の横画を若干はみ出てしまうことは,手書き文字である以上おおいにありえる現象といわねばならない。しかし,その現象を印刷用の文字(古い言い方をすれば「活字」)にまで応用するのは間違いである。手書き文字で許されることと印刷用の文字で許されることとは同一でないばかりか,その字形上の意味合いもまったく異なることも多い。しかも印刷用の文字デザインにおいては,手書き文字に見られるような「ユレ」を許容する必要などまったくない。計算しつくされた形状表現が可能だからである。
手書き文字字形において許容されるユレと,印刷用文字字形のバリエーションを同一視することはまったくナンセンスであり,したがってこのバリエーションを「デザイン差」としてひと括りにすることなどはできない。「デザイン差」の範囲というのは,「表外漢字表」で述べているほど幅広いものではないのである。
手書き文字の「鵠」における偏の上部が「牛」に近くなってしまうことはあり得るし,それを「鵠」であるとみることには大きな抵抗はないが,印刷文字でその差が現れれば,それを同一視することには躊躇せざるを得ないのである。

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2006年09月26日

文字の「違い」とは何か(2)

手書きのユレについて

手書き文字には,かならず形状のユレが伴う。同一人が書いても,そのときの状況(たとえばゆったりした気分のとき,急いでいるとき,緊張しているとき,使い慣れた筆記具で書いているとき,不慣れな筆記具を使ったとき,などなど)で文字の形も変わってくる。書く人が違えば,その差も非常に大きいものになる。だからこそ「筆跡鑑定」が成立するのである。
手書き文字によるコミュニケーションというのは,そういうユレを前提とし,しかもその傾向が書き手と読み手でかなり異なっていても成立しなければならない。逆に言えば,さまざまな場でのコミュニケーションの経験を通じて,どこまでのユレなら理解されるのかを学んでいくということなのかもしれない。
文字には,それを特定する形状要素がかならずある。それが表現されていれば間違いなく相手に伝わるし,逆に特定される要素があいまいであれば間違って伝わる可能性がある。そういう意味で,文字を知るということはある程度その文字が含まれるカテゴリーの「文字群」を同時に理解し,その類似度を認識するということも含まれることになる。
具体的な例としてカタカナの「ソ」と「ン」,「シ」と「ツ」の外形的特徴を考えてみればよい。読み手が運筆の方向を認知できなくとも正しく読めるための特徴は何かを理解するには,これらの比較によってはじめて可能になるのである。カタカナに不慣れな外国人にはわかりにくい文字であるのも頷ける。
「田」という文字を書く場合,「由」,「甲」,「申」という文字の存在が念頭にあれば,とくに三画目の縦画が上下の横画から出ないように注意しながら運筆するに違いない。その結果,この縦画の起筆・収筆部が横画から少し離れる字形になることも往々にして起きることも想定される。それはむしろ,他の文字と間違わないための変形である。
文字の特定に対してわかりにくくするユレを「マイナスのユレ」と称するならば,上述のユレは間違いの可能性を少なくするという意味において「プラスのユレ」と言ってもよいであろう。こうした手書き文字字形のユレの特性を理解することが,字形解釈の上で非常に重要であろうと考えている。

書かれる文字字形は,あくまでもアナログである

「田」を書くとき,「由」と間違われないようにしようと思えば,中央の縦画の起筆を横画の上に出さないことである。しかしわずかに出てしまったら「由」と読まれてしまうであろうか。たぶんそんなことはあるまい。しかし,それならばどの程度までなら許されるかと言われると,なかなか答えにくい。そういう類の閾値は決めにくい,というより決められないのである。
ここに面白い資料がある。やや古い資料ではあるが山本和彦氏の論文『手書きOCR用文字の形』(明治書院刊「日本語学」1984.3所収)から2,3紹介しておきたい。
はじめにみていただくのは,あるアラビア数字字形が,次第に他の数字に似てくる変化を視覚的に表現したものである。「他の文字(ここでは他の数字)」に似ないようにという力学が働かない場合,ここにみるような変化も起こりえる。こうした連続的変化に対する閾値を設定することはムリである(ちなみに,この図は中田和男著『パターン認識とその応用』コロナ社 1978からの引用だそうである)。
この図を見ると,手書き文字の連続的変化の可能性がよくわかる。
数字字形の変化.jpg
次の図も山本和彦氏の論文からの引用である。これは電総研(当時)が延べ1,600名によって書かれた文字を集めた教育漢字データベース「ETL8」から「田」の一部を示したものである(山本和彦氏は,当時電総研主任研究員)。
手書き「田」のデータベースから.jpg
本来,「田」字は四つの閉じられた四角形で成り立っているから,四つのループがある文字といえる。そこで,大部分の人は四つのループを持つ字として書き,大雑把に書いた場合にのみ,ループが足りない文字になるであろうと考えがちであるが,実際にはそうはなっていないという。
同論文から,「田」字のループ数の傾向を示すと次表のようになっている。


ループ数01234
頻度
(%)
34
(21.25)
34
(21.25)
31
(19.38)
34
(21.25)
27
(16.87)

つまり四つのループをちゃんと持つ文字はもっとも少ないという結果が出ているのである。
中央の横画が外側の縦画に接していない文字も多いので,かならずしも前述の「由」,「甲」,「申」などとの差異化を意識したものだけでもなさそうであるが,いずれにしても,これらの文字は「田」と認識できるレベルであって,手書き文字として許容されるユレの範囲はかなり大きいとみて間違いないであろう。
つまり,手書き文字字形をデジタル的に判断・分析することにはかなりの無理があるということがわかる。手書き文字字形を印刷用文字の字形に置き換える場合の判断には,こうした傾向を十分に勘案する必要があるのである。

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2006年09月24日

文字の「違い」とは何か(1)

社会人の常識としての「書体に関する知見」

8月15日の「書体について(1)」で次のように書いた(※ 「書体について(2)」以降はもう少しお待ちいただきたい)。

文字を読み書きしないで済む生活など考えられないにも関わらず,「書体」に関する知見はあまり持っていない,というのが一般の方々の実態ではないか。基本的に筆写のための書体読むための書体は明確に区分されなければならない。

しかし現実には明確には区別されているとは言いがたい。そしてその原因のひとつに現今の漢字教育の貧困さがありそうだ,というのが「義務教育における漢字学習の問題」として前回までに述べた主題であった。その「貧困さ」は生徒におもねる「教育的配慮」と,書体に関してしっかりした教育ができる教師が少なくなったことに起因していると思われるが,この二つは本質的には同根であるとみている。無菌室的な環境をつくることによって,文字の字形問題における現実のさまざまな様相を正しく教えることを放棄しているのではないかと思えるのである。
翻って社会人が当然の常識として持っていてほしい「書体に関する知見」とはいったい何であろうか。これを一言で言うのは難しいのであるが,少なくとも前回に指摘したように,
  1. 筆写の書体と印刷表示用の書体における違い

  2. 印刷表示用の書体間における違い

  3. 同一書体における違い

を認識できることが望まれる。とくに“1”の違いをしっかり身につけていないと,単なる「微細な物理的形状差」をもって「違う」と判定するような非常識が罷り通ることになり,不要な外字の増殖につながってしまうのである。
こうした文字同定の判断は文字の専門家の中での問題だと思われるかもしれないが「文字が違う・違わない」という議論の多くは「ごく普通の人」のコダワリに起因することが多いはずである。だからこそ社会人は書体に関する基礎的知見を「当然の常識として持っていてほしい」のである。
この問題に関して本日,たまたま基本的な姿勢についての有益な意見交換をする機会があったのでご紹介しておくことにしたい。

ひとつの書道展で

本日の午後,「也太奇」の松里さんのお誘いで池袋の芸術劇場展示室で開催されていた第17回「泰永書展」に行った。松里さんは同会の事務局長という中枢におられる方である。
ここで,「泰永会」を主宰されている野尻泰煌先生と松里さんの三人でだいぶ長話をしてしまったのであるが,野尻先生ともかなりの部分で認識が合致しているということを確認しあえた。かいつまんで要点をまとめると,

  • 明朝体の理解には,欧陽詢,顔真卿の書をある程度理解しなければならない。

  • 理論付けをするには『説文解字』にまで遡るべきであるが,『説文解字』も万全ではない。

  • 小篆体には文字の(骨格としての)構成は表現されていても運筆はわからない。金文→小篆→隷書を系統的に見ていくことで,はじめてその後の楷書→明朝体の(様式上の)変化をしっかり理解することができる。

  • 現代はこれらの理解を得るような教育がなされておらず,漢字に関する教養は非常に低くなっており,むしろ戦前の教育の方がしっかりしていた。
といった内容であり,展示会を後にして「我が意を得た」気がしたものである。

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