2007年08月16日
明朝体様式のまとめ(4)
ある書体が明朝体と言えるかどうかという判断は難しい。何を以って明朝体と呼べるのか,あるいは呼べないのかという判断は分類の問題に帰結するのだが,この「分類する」ということが一筋縄にはいかないのである。「明朝体様式」の最終回にあたり,いったん書体を離れ,分類問題を述べてまとめとしたい。
哺乳類の分類で,かつてはウマは奇蹄目,ウシは偶蹄目と教えられた。蹄をみればどちらに属するのかがわかる。その特徴を覚えれば,たとえばイノシシはウシの仲間であるがサイはウマの仲間であることもはっきりする。
しかし1988年に哺乳類の分類が変わってしまい,ウマはウマ目,ウシはウシ目になった。そうなると,何を以ってウマとウシを分けるのかがわからなくなってしまう。こうした名称は理解し易いように見えて,実は分類の根拠がぼやけてしまうのである。
上記の例では生物分類上の「目」の名称であるが,生物部類では,界-門-綱-目-科-属-種の順に細分化されている。「界」は動物界と植物界を分ける最上位の区分であるから,このレベルでの混乱などは考えられないと思いたいが,そうでもない。
「ミドリムシ」は「ムシ」という名が付いているだけでなく,鞭毛を使って泳ぐところはまさしく虫のようなのだが,葉緑素を持ち,光合成を行う植物でもある。一方,「ヒカリモ」は名前こそ「藻」であるが,鞭毛虫の一種にも分類されている。何ともややこしいのだが,これは,どのような分類方法を採ったかによって動物にも植物にもなってしまうということである。
私は情報規格調査会SC34/WG2小委員会で活動しているが,ここではISO/IEC 14496-22 Annex B.のtypeface分類(IBM分類)とISO/IEC 9541-1 Annex 1.のtypeface分類の整合性を検討しはじめている。これらの書体分類についても,分類の思想を理解しないと分析もできないことは言うまでもない。欧米のタイプフェイス分類法については非常に進んでいるようにみえて,実はまだ決定打がないのが実情だと思う。日本の書体分類は推して知るべしである。
次回からは,漢和辞典の字形について取り上げる予定である。
2007年08月13日
明朝体様式のまとめ(3)
2001年に登場した片岡朗氏が開発した「丸明オールド」という書体が相変わらず人気である。この書体とは知らずに目にしている方も多いかもしれない。最初のころはおもに広告に使用されていたが,さいきんではビジュアル雑誌などにも多用されている(下図は広告のキャッチコピーに用いられた「丸明オールド」一部)。
同氏のウェブサイトで,氏はつぎのように書いていた(現在はリニューアルして,文章も変わっている)。
あたらしい明朝体「丸明オールド」。
このフォントは「丸明(まるみん)オールド」といいます。名前にオールドとついているため古い書体と思っている人が多いのですが誤解です。じつはこれまでにないまったく新しいフォントなんです。どこがかというとエレメントに丸を使っています。大きくして丸がどこに使われているかわかりやすくしてみました。特に漢字には丸のエレメントがたくさん入っています。なのでこれは丸の明朝体なんです。丸は本邦初なんです。コンピュータだからできました。漢字はかわいくてモダンかなと思っています。ただかなの形が昔の活字からきているのでオールドとつけました。これが誤解の元かもしれません。残念です。これからは「丸明オールド」は丸明朝体という新しいカテゴリーの新しい明朝体なのだとご理解してください。
この説明内容は,次図によく示されている(片岡氏のサイトから転載)。
しかし,この書体は明朝体と言えるのだろうか。
もうひとつ,つぎに示すのは月刊誌『文芸春秋』のロゴである。
このウロコや起筆部にも「丸」要素が用いられている。線質自体は明朝体であるが,それでも何となく明朝体とは異なる。
つぎに示す文字も「明朝体風」である。ただしウロコがなかったり,わずかばかりの角ウロコだけを持つものであったり,縦画の起筆部が特徴的であったりしている。
こういう書体を何と呼ぶべきか。私見であるが,これらを明朝体と呼ぶことには躊躇せざるを得ない。あえて言えば明朝体風のモダンセリフとでも呼ぶべきか。しかし「伊勢丹通信」はセリフがまったくないから,この名称も当てはまらないが,これを何と呼ぶべきかは私にもアイデアはない。
なぜ,これらを明朝体(または「明朝体の一種」)と呼びたくないのか。やはり明朝体とは宋の木版に端を発する古典書体なのである。今風書体とは一線を画すべきだ。そして,その最大の理由は「規範書体」としての重みにある。いままで明朝体様式について縷々述べてきたのは,伝統に裏打ちされた約束事があり,それらを踏襲することで文字構造の正しい理解が得られると思うからである。
デザインが洗練されているとしても,「丸明」を漢和辞典の見出し書体に用いることには,やはり無理があるというべきだろう。伝統の承継にとらわれないのがモダンだからである。
2007年08月09日
明朝体様式のまとめ(2)
ウロコの存在が明朝体を特徴付けていることを述べた。しかし,これには注釈が必要である。
「日」や「目」の横画をみると最上部横画から縦画に移る,いわゆる転折部には角ウロコと称するウロコがあるが,それ以外にはない。このように横画収筆部が縦画に接するケースでは,一般にウロコは付けない。付けるのは横画収筆部が他の線画に接することなく独立している場合である。
しかし明朝体様式として「収筆部が他の線画に接することなく独立している」横画にウロコを付けることは必須なのであろうか。
実は常用漢字表の見出し文字の中で,独立横画にウロコが付いていない文字がある。雨カンムリの文字である(下図--ただしこの書体は常用漢字表に用いられた旧大蔵省印刷局書体ではなく,平成明朝体を加工したものであることをお断りする)。
これは純粋にデザイン上の選択である。どんなに横画が短くとも,たとえばゴンベンなどではしっかりウロコを付けており,ウロコを付けていないのは雨カンムリだけである(いわゆる康煕字典体として添えられた文字の中で「屬」の四つの横画にも付いていないが,同じ部分構造を持つ「遲」では付いている。この差は画線の密度による判断かもしれない)。
常用漢字の字形は,できるだけ常用漢字表に例示された形にするという力学が働く結果,雨カンムリの独立横画にはウロコを付けないというところまで合わせようとするものもある。しかし前述のように,これはあくまでも「デザイン上の選択」に過ぎない。また,ここにウロコが付いていないからといって明朝体ではないという解釈も間違いである。
2007年08月05日
明朝体様式のまとめ(1)
明朝体様式に関する諸問題について,実際の字形デザイン現場からの視点で縷々述べてきた。しかし,とくに明朝体漢字においては字形論としても奥が深く,とてもゴールに行き着くまでには至らない。したがって,やや中途半端の謗りを免れないことを承知の上で,そろそろこのテーマも「まとめ」に入ることにさせていただく。書き足りない事項については,別途補足していく予定である。
明朝体の定義については,一般向けとしては「縦の画は太く、横の画の細いもの」(『広辞苑』),「縦線が太く、横線が細い」(『日本語大辞典』)といった説明がなされる。ウェブを散見すると「縦線が横線より太く、払いやはねが顕著に表現されているフォントの総称」という定義も見受けられるが,これは広く捉えすぎの感なくもない。Wikipediaでは「縦線と横線はそれぞれ垂直・平行で、一般に縦線が太く横線が細い。しかし、「亡」や「戈」などの折れ曲がりでは、横線も縦線と同じような太さでまたゆるやかな曲線を描く。他にも、横線の終端の鱗や、起筆のふくらみ、撥ね、払いなどに楷書の特徴を残している」と述べており,やや冗長ながら具体的である。ただし「平行」は「水平」の誤りか?
Wikipedia定義終段で「楷書の特徴を残している」要素としての鱗(以下,筆者常用の「ウロコ」と表記する)に触れている。これはたしかに楷書におけるトン・スー・トンの最後のトンを様式化したものだが,これもまた明朝体を特徴付けるものに他ならない。
「三角形のウロコと呼ばれる装飾が付く」ことを明朝体の特徴として掲げるものもあるほどだが,漢字だけを見れば,この特徴の方が視覚的に明朝体をはっきり表わしている。国語辞典の定義で,このことに触れていないのは仮名を意識しているからに他ならない。しかし,そもそも明朝体の仮名が字形要素的にみて楷書とどう違うのかを説明するのは非常に難しい。曖昧なのである。
ウロコに戻る。
明朝体発生のころ(といっても,正確に発生時点を示すことは不可能であるが)からウロコ形状が三角であったわけではない。次図は竹村真一著『明朝体の歴史』(思文閣出版 1986)からの引用だが,さまざまなバリエーションがあったことが窺える。
このウロコの存在は明朝体の視認性の良さに大きく貢献しているが,Wikipediaでも「鱗の存在により、横線が細くとも文字を認識できるなど、小さいサイズにおいても視認性が高いとされる」と指摘している。

これについて実際の例を示す。
次図右はウロコだけを残して横画を消したもの,左はウロコを含めて横画を消してみたものである。さすがに全部を消すと,中には文字そのものがまったくなくなってしまうものもでてくるので視認性云々を議論するまでもないが,ウロコだけでも存在すると見えないはずの横画が認識でき,本来の文字を推定することが容易になることが理解できよう。たぶん,右側の文字では漢詩を間違いなく読むことができるのではないか。ここでは「平」と「半」の違いが明確であるが,左側の文字では同じ形状になってしまう。
この程度の比較でも,ウロコの存在が明朝体の優れた特性に大きく寄与していることがよくわかるはずだ。ウロコを抜きにして明朝体漢字は存在し得ないのである。
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(上のサムネール画像をクリックすると拡大図が表示されます。)
※ 本業が多忙になり,空白期間が長くなってしまいました。
2007年07月07日
収筆位置の「正確さ」とは
明朝体は本文用書体としてもっとも多く用いられるということ以外に,基幹(規範)書体としての位置づけがあるということはすでに述べた。だからこそ規格にも漢和辞典の見出し文字にも明朝体が選択されるのである。
したがって明朝体には高い可読性が要求されること以外に,字形構造の表現の正しさをも保障する義務を負っているといえる。そういう観点から,文字を構成する線画の起筆・収筆が正確に再現されなければならない。そのひとつが「墨溜りの効用」であった。起筆位置の正確な表現として墨溜りは貴重である。この有無が画数や,極端な場合は字種の差となってしまうことは「市」を例にして詳述したとおりである。
一方,収筆に関しては,運筆のダイナミズムを考慮すると「正確さ」の意味も若干異なったものになる。起筆位置は正確にコントロールできるが,速度を増して払ったりハネたりする場合,当然のことながらあらかじめ設定した場所に停止させることは難しい。
たとえば「耳」の5画目ハライ終端は最終画縦画の右に出すべきか,あるいは縦画のところで止めるべきかを考えてみる。手書きの場合,5画目ハライはとくに勢いをつけて筆を動かす。したがって終端をぴったりどこかに合わせることは至難の業である。しかも基準となる最終画縦画は,まだ書かれていないのである。つまり仮想の線をイメージして,そこでぴったり止まるように「勢いをつけて」運筆しなければならない。仮想の線をイメージしてそこで止めるという点では3,4画目も同様であるが,この2本はゆっくり送筆するので,決められた位置に止めることは不可能ではない。しかし5画目ハライは送筆速度が速いので難しいのである。
以上のことは手書き文字についてであった。しかし明朝体は書くための規範ではなく,表示するための書体であるから,明朝体という書体の運筆というのは理屈上はありえない。したがって送筆のダイナミズムを考慮する必要性はない,という意見も成り立つ。
しかし,ほんとうにそういう割り切りはできるのであろうか。そうは思わない。手書き文字(楷書)との関係がどこかでしっかり担保されること,それが明朝体という規範書体に課せられた宿命であろう。
ちなみに「耳」について言えば,5画目ハライを出すか出さないかは純粋にデザインの範疇に属するのでどちらでもよいと考えるのが正しい解釈である。したがってもっぱら文字をバランスよくデザインするための調整要素として利用される。右に遮るものがなければ出す,遮るものがあれば出さない,という原則である。「囁」という文字を見てみる。以下に3書体を挙げたが,三つの「耳」のうち右に遮るものがない上と右の「耳」では出しており,右に遮るもの(「耳」)がある左の「耳」は出していない。このようにすることによって空間処理がしやすくなるからである。

したがって「耳」が偏にくる文字の場合は出さないデザインにした方がバランスをとりやすい。そして多くの書体がそうしているのであるが,だからと言って「出す」のがよくないとか間違いということはない。
- 【補足】
- 起筆は正確に表現できるという趣旨のことを述べたが,例外もある。「女」の2画目を考える。この起筆位置は3画目の横画位置に対する相対位置になるが,2画目を起筆する時点で3画目の線画は書かれていないから,このケースでは厳密な位置に置くことは難しい。「女」は小学校第一学年で習う文字であるが,『学年別漢字配当表』ではわずかに上に出す字形になっている。しかし『常用漢字表』では出していないので,ほとんどの明朝体はこれに倣って「出さない」デザインにしている。しかし本来は,この「出す・出さない」はデザイン差として許容すべき性質のものであろう。
2007年05月19日
墨溜りの効用(4)
前回は,墨溜りやウロコの有無が明朝体の字形構造を特定するのに大きな役割を示すことを述べた。しかし明朝体は手書きの書体ではないから,起筆・収筆特有の形状表現が必須ということではない。構造が明確に(紛れがなく)表現されるのであれば墨溜りやウロコを省略することも可能である。「田」をみていただければ納得できよう。
明朝体の特徴のひとつに「三角のウロコを持つ」ということを挙げる向きもあるが,条件次第でウロコを省略することはいくらでもあることがわかる。
「曰(いわ)く」の場合には右の縦画に接しないのでウロコを付けるのが普通であるが,「日」の3画目の横画にウロコを付ける例は,いまではほとんどない。独立した横画であっても,たとえば常用漢字表の見出し文字の中でも「雨カンムリ」の中の4本の横画にはウロコはない。この場合の有無は,いわゆる「デザイン差」の範囲と考えて差し支えないものである。
こうしたことは墨溜りにおいてさらに顕著である。
「墨溜りの効用(1)」で“丁”の縦画起筆部に墨溜りを付けたものと付けないものを挙げた。横画の中央下にハネを持つ縦画が位置するという構造表現としては両者は同じであり,したがってこの差はデザイン差と看做せるのであるが,明らかに雰囲気は異なる。墨溜りなしは“丁”という字形そのもの(要素としてはひとつ)として感じられるが,墨溜りが付いたものは「一+亅」の組合せで構成されているという印象を与える。
『敝の画数について』において「たかが墨溜り,されど墨溜り」と書いたが,その持つ意味を理解していただけると思う。付けても付けなくてもよい墨溜り,付けた方がよい墨溜り,付けなければならない墨溜り,付けない方がよい墨溜り,……まさに多種多様なのである。そういうところにまで眼が行き届いたデザインこそ,よいデザインと言えるであろう。
もちろん「墨溜り付きの王」が好ましくないと言うことではない。その書体のデザインコンセプトに合致したものであれば十分に成立する。ちなみにつぎの明朝体は,すべての縦画起筆部に墨溜りを付けている。これもまた,ひとつの思想である。
上のサムネイル画像をクリックしていただければ少しは大きく表示される。とくに「町」の構成要素である「田」と「丁」,「走」の4画目などに注目していただきたい。
2007年05月10日
墨溜りの効用(3)
前回は明朝体の墨溜りとウロコが字形構造の正確な表現に大きく寄与していることを述べた。しかし現実のデザインには,これらの効用をあまり意識していないものが多い。
それでは,どうすべきか。
いろいろな明朝体をみると,ほとんどの「走ニョウ」の文字が,この部分に墨溜りをつけていないからである。しかし本来は洗練されたデザインの追及以前に「構造表現の正確さ」を追い求めるのが筋であろう。この部分をデザイナの恣意的な判断に委ねるのは危険と言わざるを得ない。
そこで,二三の例を挙げておきたい。
これらの文字は,右が平成明朝体,左は,あえて墨溜りを取ってしまったものである。書体によっては,この種のデザインをしているものも多い。画数が多い文字では「すっきり感」を出すために余分(?)な瘤などは付けたくないということかもしれないが,誤解を生むことにもなりかねない。「敝」や「市」で見たように,文字によっては墨溜りの有無で文字種が変わってしまうものもあるのである。
次の文字を見ていただきたい。
この例を敷衍すれば,たとえば部分字形「果」なども慎重に扱わなければならないかもしれない。「果」の中央縦画は上から下まで1本に貫かれているが,文字によっては「田+木」の組合せかもしれないからである。その場合は下図右のようにデザインすることになる。
2007年04月25日
墨溜りの効用(2)
つぎにいくつかのバリエーションを図示する。

伝統的な明朝体の例として,つぎにモリサワのリューミンの「十」を掲げる。

横線の起筆は俗にラッパと呼ばれる打ち込みがあり,これも楷書の様式化のひとつである。ただし,さいきんの明朝体ではラッパを廃しているものも多い。解像度の低い表示環境では,かえってゴミに見えてしまうのを嫌うためである。
一方,横線の収筆は三角形の「ウロコ」で表現している。明朝体の定義のひとつとして「三角形のウロコを持つ」と言われるほど,この様式は定着している。後述するように,この存在が文字の骨格を正しく表現するのに大いに役立っているのである。
縦画の収筆については定まった形状様式はないといってよいが,直線処理か曲線処理かは別として,やや右上がりに終端をカットするのが普通のようである。曲線処理の場合には,最後をやや太めにして収筆の際の力を表現しているものが多い。
こうした「三折法」様式に当てはめて「十」のバリエーションをつくってみたのがつぎの図である。元字には平成明朝体W3を用いた。

なお,上図はあくまでも説明用に図形として作成したものであり,ある特定の漢字を示すものではないことを付記する。
2007年04月11日
墨溜りの効用(1)
敝の画数問題について述べた。漢和辞典では部首「攴」の8画,しかし同じ字形が部分になっている文字の中には,これを7画に数えるものもあり,ほんとうは7画に数えるべきではないか,という意見は頷ける。干禄字書にも「弊」,「鼈」が載っているが,正字はこの部分を7画に数える筆法である。
どちらの説を採るかは別として,少なくとも画数・筆順などの基本属性をできるだけ正しく表現する努力をすべきなのが明朝体という書体に課せられた義務である。「墨溜り」というのは,そのためのきわめて有力なツールであることは強調してよいであろう。
この「墨溜り」については次回以降でやや詳しく述べたいと思う。しかしその前に,より卑近な字例を挙げておきたい。次の文字を見ていただきたい。
それでは「市」はどうであろうか。
これは五画のシと四画のハイがあり,木偏にシはカキ,木偏にハイではコケラという,まったく別の文字であることもよくご承知のとおりである。そして,この両者の違いを決定付けるのが「墨溜り」なのである。
「敝」においては単に画数を正しく表現しているか,という問題であったが,このケースではひとつの墨溜りの有無が字義の差になってしまうのである。
JIS X 0213の包摂基準では,このシとハイが包摂されている。JIS包摂基準では字体差も包摂されており,これはひとつの思想として理解できるのであるが,漢字の3要素である形・音・義が違うもの(すなわち,まったくの別字)まで包摂してしまうという大胆さには度肝を抜かれる思いである。
戦前は「肺」の旁は4画のハイであった。肺は形声文字で音符が市である以上,当然なのだが,戦後は5画の市(シ)になってしまった。この程度の差なのだから包摂しても問題ないと判断したのであろうか(というのは冗談だが)。
2007年04月01日
敝の画数について
つぎの文字をみていたただきたい。
つぎの二つの文字は,それぞれの縦画起筆に,いわゆる「墨溜り」と称する瘤を付けたか付けないかだけの差であるが,この僅かな差で画数の誤認は防げる。まさに「たかが墨溜り,されど墨溜り」なのである。
しかしわかりにくさはそれだけではない。「敝」は12画(すなわち,この文字の偏は8画)なのに,これが部分字形になる文字で,敝を11画(偏を7画)に数えるものもあるのである。次は『大漢和辞典』から採ったものであるが,「敝」を部分字形として持ち,しかも音も同様に「ヘイ」と読むにも関わらず11画に数えるものである。検字番号25089の旁は7画に数えよ,という。
2007年03月23日
「巨」について(2)
それでは,伝統的な楷書も旧字体のような書き方をしたのであろうか。
これについても『大書源』をみてみよう。次に楷書の「巨」の一例を掲げる。
これらは,北魏の張玄墓誌,智永,欧陽詢,南宋の高宗,程南雲,王鐸の書である。筆法や結構(線画の構成)はさまざまであるが,少なくとも明朝体の旧字体のような書き方はしていない。
もちろん,小篆体や隷書においては他の要素はすべて上下の横線の間に位置する構造であり,初期の楷書にもこの字形に近いものはあったと考えるのが自然であろう。しかし楷書が書芸術として洗練されていく過程で次第に字形も変化し,上に掲げた多数の書にみられる形状になっていった。そういう「進化」をいわば否定し,小篆の世界に立ち戻って字形を再構築したのが『康煕字典』である。たとえば「天」という文字は,楷書ではほとんど(例外はあるが)上の横線より下の横線の方が長いが,『康煕字典』では『説文』の小篆に典拠を求めた結果,伝統的な楷書の字形とは異なったものになり,それを後生大事に明朝体の標準として定めて現在に至っている。
こうした伝統的楷書の流れと康煕字典体以降の字体差に関しては,江守賢次が『解説字体辞典』(三省堂)で豊富な字例を挙げつつ詳細に解説しているので参照していただきたい。
2007年03月20日
「巨」について(1)
「臣」とは何の縁もゆかりもないのであるが,「巨」を挙げて,漢和辞典でどのように扱われているかをざっと俯瞰しておきたい。
串刺しにしてみてみると漢和辞典によっては画数も部首も異なっているのである。以下に簡単に紹介しておきたい。
旧字体の「巨」は,『康煕字典』,『大漢和辞典』とも部首「工」,画数5画である。『大字源』,『新大字典』,『学研 漢字源』,『旺文社 漢和辞典』なども同様であるが,『学研 漢和大辞典』は部首を「二」としている。
しかし新字体の「巨」はさらに多彩である。『新大字典』,『新漢語林』では部首をハコガマエにしており,『三省堂 新明解漢和辞典』,『新訳漢辞海』,『旺文社 漢和辞典』では部首「丨」,『学研 漢字源』では部首「二」である。
画数についても一筋縄ではいかない。『新大字典』では画数を4画としているのである。ハコガマエは2画であるから4画になるのは当然であるが,しかし他の辞典では5画としており,4画としているものはほとんどない。『新漢語林』も部首をハコガマエとしているが,同辞典ではハコガマエとカクシガマエをひとつの部首にしていて,その部首の最初につぎのような注記がある。
もともと別の部首であるが,新字体では匸部の文字もみな匚に改め,両者を区別しないので,便宜上,部首も一つに合わせた。なお「巨」はもと工部に所属した。しかし,この辞典においても「匚」を2画としていながら「巨」に関しては「匚の2画=5画」としているのである。
2007年03月14日
「臣」について(3)
「臣」はいまは7画であるが,昔は6画に数えた。もちろん『康煕字典』も6画である。ということは,正式な楷書(楷書という名称自体,「正式」を表わしてるのであるが)では6画で書くということであろう。
しかし,ほんとうにそういう書き方がなされていたのであろうか。『五体字類』などを見ても違う書き方がなされているものも眼にするのである。そこでさっそく先日購入した『大書源』の「臣」の項をみてみると,やはり楷書の多くは7画で書いているものが多い。つぎの図版は『大書源』から一部の楷書の「臣」を並べたものであるが,7画で書いたものが大多数を占めることがわかる(ちなみに,この中には王羲之,欧陽詢,智永などの書が含まれている)。ここには示していないが,6画の「臣」の中には,7画の筆順で言えば2画目と3画目を「フ」字形に書いたものもある。
このように漢字の画数・筆順を明らかにするということは意外に難しい。明朝体様式が,かならずしもこれらを明確に表現できないという「事実」はぜひとも記憶しておきたいところである。
2007年03月10日
「臣」について考える(2)
「臣」は前には6画であったが現在は7画である,という。たしかに「臣」は第四学年で学習する教育漢字であり,筆順も決まっている。明らかに7画である。
それでは6画の時代にはどのように書いていたのであろうか。『漢字源』ではカクシガマエのような字形を示しているのであるが,他の漢和辞典を含めて,明朝体字形としてこのような字形はほとんどみられない。
ところで,いまは部分字形を含めて「臣」はすべて7画なのであろうか。そうとは言えない。別の解釈もあるのである。今回は,この点について漢和辞典をみていきたい。
手元の漢和辞典でもっとも多いのは,「常用漢字については部分字形を含めて「臣」は7画,表外漢字については「臣」を6画に数える」というものである。
- 角川書店『大字源』
- 角川書店『新字源』
- 講談社『新大字典』
- 学研『漢和大字典』
- 旺文社『漢和辞典』
- 三省堂『全訳漢字海』
一方,
- 大修館書店『新漢語林』
- 岩波書店『漢語辞典』
- 学研『漢字源』
- 三省堂『五十音引き漢和辞典』
逆に,
- 平凡社『字通』
つまり漢和辞典によって同じ漢字でも数え方が異なるのである。それでは,これらの漢和辞典ではどのようにこの点について解説しているのであろうか。残念ながらまったく言及していない辞字典もあるが,注記しているものを少し引用してみる。
- 角川書店『大字源』→画数は本来六画であるが、常用漢字になったときに限って七画に数える
- 角川書店『新字源』→旧字では六画だが、教育漢字では七画に書く
- 旺文社『漢和辞典』→もと六画、常用漢字では七画に数える
- 三省堂『全訳漢字海』→常用漢字では七画とする
- 大修館書店『新漢語林』→臣は、もと六画に数えたが、いまは七画に数える
- 岩波書店『漢語辞典』→旧来は総画を6画とするが、本書では現在通行の筆順に従って便宜7画に数える
- 学研『漢字源』→従来は六画であったが、小学校で学習する筆順の画数にならい左と下の部分を別画に書いて七画とする
もちろん,すべての漢和辞典の部分字形「臣」字形は同形であってなんら差はない。つまり字形だけからは画数の違いを読み取ることはできない。
さらに問題なのは,私たちのように複数の漢和辞典を持ち,それらを串刺しで確認する者はよいとして,多くの一般家庭では何種類もの漢和辞典を揃えているとは考えにくい。したがって上記のようなユレが存在することなどわからないと考えるべきであろう。
ほとんどの漢和辞典には部首索引があるが,多くの辞字典で「臣」を6画と7画の両方に置いている。しかし大修館書店の『新漢語林』,学研の漢字源(改訂第四版)では7画の箇所にしかない。一方,平凡社の『字通』では6画の箇所だけである。
たったひとつの部首「臣」だけについてみてもこうした問題があるのである。
2007年03月04日
「臣」の字形について考える(1)
これからいくつかの文字を選んで字形と文字属性について考えてみたい。はじめに「臣」を取り上げる。

もうひとつの例を挙げる。次は『大字源』の部首見出し部であるが,部首「臣」は6画と7画の両方に載っている(この問題は別途検討する)。しかし,この両方の(画数が違う)「臣」に字形差はない。つまり画数差は字形に反映されていないのである。
そこで前回の「明朝体様式」を思い起こしていただきたい。「口」と「区」の左下字形は同じであるが,前者は縦画の収筆と横画の起筆を表わし,後者は縦から横画への転折を表わすものであった。「臣」の左下は,まさにこの形である。7画の「臣」は一画目が左の縦画で最終画が下の横画であるから,縦画の収筆と横画の起筆を表わしたものであることがわかる。それならば6画の「臣」は縦から横画への転折を表わすものとして間違いないのであろうか。たぶん,そのように考えることができると思うが,多くの辞書ではその点に触れていないので推測する以外にない。それが明朝体様式の曖昧なところである。
漢和辞典では,明朝体字形表現の曖昧さを前提としていることをはっきり謳うべきであるにも関わらず,それを示しているものはほとんどない。わずかに,漢和辞典としてはユニークな配列を採用している三省堂『五十音引き漢和辞典』には,「親字の字体と画数について」において,
親字の字体は,見やすさの観点から太めの明朝体を用いた。明朝体は読むための活字としてデザインされたものであり,必ずしも見た目から正しい画数を導き出せるものではない。またトメやハネといった問題も,漢字デザイン上のこととして,筆写する際の参照にならない場合もあるので留意願いたい。それぞれの親字の画数と,部首および部首内画数は,親字の括弧の直下に掲げられているので参照されたい。と述べて注意を喚起しているが,大切なことである。ただし「太めの明朝体を用い」ることがよいかどうかには若干の疑問もあるが,これについても別途論じたいと思う。。
6画の「臣」に戻る。この構造はどうなのかという問題であるが,先に述べたように漢和辞典でこれを明記しているものはみられない。そんな中で私の持っている漢和辞典のひとつに6画の「臣」の字形をカクシガマエと同形に表示している辞書がある。学研の『漢字源』改訂第四版では下図のように表記しているのである。

文化庁『明朝体活字一覧』の「臣」字では宝文四号のみの字形が他と違っており,右図のようになっているのであるが,これはカクシガマエ形でもなく,明朝体様式としてもやや異質である。ただ,この字形を見ると6画であることと,その筆順は想像できる。この字形で思い出すのは現在の台湾字体である。
次回も「臣」について考える。
2007年02月22日
明朝体様式に要求されること
様式とは何か
楷書は書家の息遣いまでわかると言われる。それは紙に残された墨の跡の表情から,単なる静的なカタチだけにとどまらず,押圧の強さや速度,さらには筆が空中にあるときの動き(虚筆)までも「再現」できているからに他ならない。
そういう視点で見たとき,「明朝体は楷書を様式化したもの」と単純に定義することはできない。明朝体と楷書のストローク構造は一対一には対応できないからである。したがって厳密には筆の動きを正確に再現することは不可能である。
それでは,明朝体様式とは何か。
その前に「様式とは何か」を確認しておくことにしよう。広辞苑によれば,
- さま。かたち。特に,一定の形式。
- 芸術作品・建築物などの形式的特徴を総合したもの。特定の時代・流派・作家などの表現上の特性を示すもの。
しかし「明朝体様式」というときには,さらに深い意味を持っていることに注意すべきである。少なくとも現在は文字の字形的規範として明朝体が用いられている。
常用漢字表,表外漢字表(印刷標準字体),人名用漢字,JIS規格のすべてが明朝体で示され,それらの微細な形状差が議論の種になる。そこには単なるひとつの形式としてだけではなく,文字の構造を明確に(誤ることなく)示す指標としての位置づけを持たされているのである。
このことは,デザイン的な要素だけから形状を決定することはできないことをも意味する。しかし事態は複雑である。もともと明朝体の様式には,正しい構造を示していないものがあるからである。
次の文字を見ていただきたい。

「口」の丸印部分は一画目の収筆部と三画目の起筆部である。しかし次の「区」の丸印部分は,表現上は「口」の丸印部分と同じであるものの,一画目の転折部であってひとつのストロークであるから同じ運筆を表現したものではない。
「糸」の丸印部分は二つとも転折部であり,別のストロークに数えてはならないものである。しかし,そのことをわきまえなければ,どう見ても八画に数えたくなる。「見かけ画数」の例としてよく出される「衣」についても,この丸印部分はひとつのストロークである。
日本人であれば,これらのことについては常識として判断できることには違いない。義務教育の過程から,これらの文字要素としての字形,運筆,画数の数え方の関係を教えられているからである(とは言え,2006年9月6日のこのBLOG『(2)教科書に用いられている明朝体の実態』で記したように,こうした「常識」を醸成することを拒む教育も行われていることを銘記していただきたい)。
一方,教育で摺り込みがなされた字形要素以外の文字ではどうであろうか。この点についてはあらためて取り上げることとし,もっと卑近な文字の問題を取り上げて考えてみたい。
漢和辞典について
「卑近な文字」を取り上げる前に,明朝体様式の意義を再確認しておく。そのためには「漢和辞典の使い方」に触れておく必要がある。
漢字を調べたいときには漢和辞典を利用する。この検索の仕方は,
- 部首から引く
- 総画数から引く
- 音訓から引く
さらに「部首」に関しても問題がないわけではない。個々の文字の部首が何であるかは,単純にはわからない文字も多いのである。漢字はいくつかの部分要素の集合としてつくられており,代表的なものに偏旁冠脚がある(かつて,すべての漢字を二分割法で分割してつくられたデータベースがあった)。とりあえずいくつかの要素に分割はできるのであるが,そのどれが部首になるのかということになると,構造上だけからの決まりはないのである。
たとえばモンガマエを含む文字のすべての部首がモンガマエなのではない。「開」,「閉」,「間」はモンガマエであるが,「問」の部首は口,「聞」は耳である(とくに「問」,「聞」は常用音訓でモンになっているだけに勘違いしやすい)。
「截」は戈であるが,「栽」は木,「裁」は衣,「載」は車である。また「止」は部首だが,「企」の部首は人,「郷」はオオザトであるが「郷」を部分字形として持つ「響」の部首は音である。「暦」はガンダレのようにみえるが,この部首は日である。
このように並べてみると部首の性質も見えてくる。
部首で分類するということは『説文解字』に始まるという。214部首に分けたのは『字彙』かららしく,それがそのまま『康煕字典』に踏襲された。『説文解字』から部首は字形と字義の両方の要素を取り入れた折衷的な思想に基づくものであったが,その過程では,字形のみによる部首も現れている。しかし214部首は字形・字義の折衷方式で定義された。
部首が字形のみの要素で決められていれば,その文字の義がわからなくても引けるのであるが,字義と関連付けられるものについては,当該文字の意味がわからなければ類推することはできない。このような事情から多くの漢和辞典では,たとえば「問」は「モンガマエ」と「口」の両方の部首索引に置く,というような対応をしているのであるが,しかしこれはあくまでも漢和辞典の「親切」であって,本来の部首のところでしか検索できない辞典があってもおかしくない。
このように考えると部首検索のみに頼るのは実用的ではなく,どうしても総画数検索が中心にならざるを得ない。したがって調べる対象の漢字は「画数がわかること」が必須条件になるのである。
- 【注】本来は「形・音・義」のそれぞれから引けるものにしていかなければならないと思う。情報化時代の今日にあって,漢和辞典の検索性の悪さは特筆ものといえよう。
明朝体に要求されるもっとも重要な「様式」
漢和辞典には例外なく明朝体が用いられている。明朝体が文字を表わす規範書体だからである。また,暗黙のうちに「被検索文字」も明朝体であるという前提がある。「被検索文字」が明朝体であることを前提とするということは,「明朝体であれば,その文字の骨格,運筆,画数などの情報を知ることができる」ということでもある。そこに「規範書体」としての意味がある。
話は脱線するが,Windows Vistaの標準フォント「メイリオ」はゴシック系の書体である。これに対して「JIS X 0213の例示字体」を適用した。その裏には「印刷標準字体に合わせる」という趣旨も働いているという。しかしおかしくはないか。ゴシック体の書体に印刷標準字体を適用することはできるのか。厳密にはできないし,また,その必要もないのではないか。
明朝体に比較して,ゴシック体の表現はさらに簡略化されているから,文字の骨格,運筆,画数などの情報を明朝体と同等に表現することは望まれていない。そもそも厳密には「できない」のである。

ちなみに,ゴシック系書体のデザインには,大きく分けて2種類ある。プロ用書体の例で言えば,モリサワの“MB系”と“新ゴ”を挙げることができる。前者は起筆・収筆アクセントを明示的に表現しようとするデザイン,後者はアクセントをつけないデザインである。したがって,MSゴシックは前者に,メイリオは後者に分類できる。後者のデザインは写研の“ゴナ”にはじまったものであるが,この書体はラインをきれいに見せる見出し用書体としてデザインされた。そもそも明朝体と同様の字形再現を目指すものではなかったのである。メイリオの字形構造再現力も同じようなものである。

もうひとつだけ例を挙げる。左図の上から,MS明朝,MSゴシック,メイリオであるがメイリオとMSゴシックではサカドリの五画目をはねていない。一方,『常用漢字表』,『表外漢字字体表』ともにすべてのサカドリをはねているのである。ただし,MS明朝もハネル・ハネナイのユレがあり,そのレベルでは常用漢字表の字形とも合致しない文字がある(バージョン5.0でも同じ)。
「メイリオ問題」は多々あるが,
- メイリオが印刷標準字体をサポート
次回は具体的な文字を例に,明朝体様式を考える。
2007年01月30日
楷書と明朝体(2)
楷書は四次元の世界を二次元で表現する
明朝体は楷書を,そのルーツとする。それにもかかわらず文字を構成するエレメントについて必ずしも一対一に対応させることはできないことを「巾」の例で示した。しかし両書の違いはこれに留まるものではない。他の例については,別途あらためて紹介していきたい。
ここでは,もう少し本質的な視点で両書を比較しておくことにする。
楷書の「楷」は模範になる正しい法(のり)のこととされており,したがって楷書という書体は自ずから「正しい模範になる書」という意味を備えていることになる。一点一画をも疎かにしないという様式なのである。顔元孫が『干禄字書』を著したころには楷書の様式はしっかり定まっている。
しかし楷書は膠着化した書ではない。書の本質として変化を好む。一点一画をも疎かにしないという様式と変化を志向することとは矛盾しているようにみえるが,それを調和させることができるのが書芸術の真髄なのかもしれない。
楷書の変化とは何か。文字やその配置によって,大小,長短,太細,濃淡,強弱等々,あらゆる手を尽くして(?)単純さから逃れようとする。すなわち,まず紙面への配置量による大小・長短,墨量による濃淡,筆の圧力による太細・強弱,筆を動かす速度による太細などの表現の多様性を希求するのである。これはすなわち,平面上での配置・広がり,筆の垂直方向の力配分,筆を動かす速度成分という空間三次元+時間一次元の四次元の世界をたった一本の筆で表現しようとする挑戦でもある。これが書の世界というものである。
楷書が形状的にも変化を好み正方を嫌うのに対して,明朝体は同じ大きさの正方の世界に閉じこもり,かつどんな文字と隣接しても破綻をきたさないように文字ごとの変化を極小にしようとする。濃淡を避け,できるだけ均一なグレースケールが実現できるように個々のエレメントの太さやエレメント間のアキ(カウンター)が調整される。誤解を与えることを恐れずに言えば,明朝体と楷書とは別の道を歩んでいる書体のようでもあるのである。
単純な観念論で「明朝体は楷書を様式化した書体」などとして片付けることは無理なことがわかるであろう。
2007年01月28日
楷書と明朝体(1)
明朝体は楷書を様式化したものか?
明朝体様式について考える。
宋版・元版から美華書館の金属活字による近代明朝体に至るまでは一本道ではない。この過程を分析することは重要であるが,これについては改めて別途行うこととし,現代の明朝体字形を通して「明朝体様式」とは何かを見ていくことにする。今回はこの第一回として,明朝体様式について考えることの意味を問うことにしたい。
明朝体は楷書を様式化した書体と言われる。しかし「様式化とは何か」が不問に付されたままの観念論に堕している傾向にはないのか。まず,こんなところから話を進めたい。
まず簡単に結論的な言い方をすれば,明朝体と(筆写の)楷書は一対一の対応はない。

つぎに明朝体をみると,左と中央の縦線収筆形状が同じであることがわかる。これが意味することは明白である。明朝体では縦画を「止めて収める」場合と「ゆっくり抜く」場合を字形要素上で区別しないのである。
楷書は筆の動きを忠実にトレースし得るのに対して,明朝体として確立された様式では正しくトレースすることはできない。それは楷書の持つ複数の種類の表現をひとつの形状表現にまとめてしまっているからなのである。こうした点を踏まえずに明朝体の字形を論ずることは無意味である。