« 明朝体デザインの今後(1) | Main | 明朝体デザインの今後(3) »

2008年05月18日 …【明朝体デザインの「キモ」とは】

明朝体デザインの今後(2)

明朝体の様式踏襲と字形構造の正確な表現は両立するのであろうか。
それを考えるために,若干アンチテーゼのようであるが,まずGT明朝の字形を検証する。この書体の開発経緯と位置づけについては,とくに説明を要しないであろう。10年ほど前に,この書体開発にほんのわずかだが(間接的に)関わったので,個人的には思い出深いものがある。ただフォント・組版関係者からは不評だった。字形デザインに対する評価が主たるものであったが,結論的に言えば「明朝」という名称を用いたのは,よい選択ではなかったかもしれない。この書体のデザインは,重心が一定しなかったり,線質に未完成な部分が多いといった欠点もあるが,「明朝」という呼称を使わなければマイナス評価の声はもっと少なかったであろう。

GT明朝の字形.jpg
この書体の文字の一部を右に掲げる。一般の明朝体と違うのは,「見掛け画数表現」を排除したことである。漢字字形を,その漢字が持つ属性を踏まえて正しく表現しようとすれば,このような形を志向することは必然でもあるが,従来の明朝体様式にはそぐわないものがあることも事実である。
様式というのは,一種の「寄せ」である。いくつかある形のバリエーションを統一的なものに代表させ,または統一すべき新規の形をつくって,それに「寄せる」ことである。以前の,このブログでも「而」の中の縦画収筆部や「口」と「日」の形状表現を「寄せ」て同一形状にしている事例を紹介したが,これも様式に則ったものということができる(明朝体様式については2007年2月22日のこのBLOG『明朝体様式に要求されること』を参照していただきたい)。
図に示す「衣・頑・長・比」は,縦画から右上に跳ね上げる部分を見かけ2画とせず,明らかに1ストロークであることを明示している。この思想は中国・台湾の宋体字形と同じ思想と言ってよい。デザイン的には,折れ部にまったくアクセントをつけていないため,メリハリのない文字字形になっている。
「糸・災・法・如」にみられるハライ先からの転折も見かけ2画目の張り出しを抑えて誤解を防ごうとしているのはわかる。ただし,「糸」の1画目や「災」の冠部の“く”は,やや中途半端なデザインになっている。しかし部分字形“ム”の1画目は一旦筆を上げてから再び下ろすというムーブメントを持っているが,このようにもともと1画に数えるのか2画に数えるのかがあいまいなものについては,十分に「1画であること」を示したものとはなっていない。
なお,「如」における偏の“女”の2画目と3画目は(女偏則一般として)見かけ1画に表現されることが多いが,この書体では3画であることがわかる。
図の最後の行の文字は,ややわかりにくいものである。「亜」の真ん中の“口”左下の縦画収筆部と横画起筆部の接点をみると,縦画のゲタ(下への突き出し)がほとんどなく,転折部(1画)と見紛うが,実際には2画である。「印」の偏は4画であるから,縦画のゲタが長いのは当然である。それでは「山」はどうか。左下は転折部であるから不要なはずなのに長いゲタを履いている。しかも右下よりも長い下駄になっている。いずれにしても「亜」とは逆の処理がなされている。「臣」は,現在は7画とされるので,左下の処理は正しい。
このようにみてくると,せっかく旧来の明朝体様式を捨ててまで正しい構造を表現しようとしながら中途半端に終わっていることがわかる。
参考までに今昔文字鏡の字形を次に掲げる。
今昔文字鏡の字形.jpg

この書体は明朝体には違いないが,文書組版を前提としたものというより,構造的に正しい表現を目指したものである。この書体を,そういう見方でみないと正しい評価はできない。
ここで気になるのは「山」である。それでは本来はどのように処理すべきなのであろうか。隣の「臣」は7画のものだが,6画の旧字字形は次のようになっており,この(左下の)形状にするのが正しい処理である。
臣6画の字形.jpg
ところが,文字鏡フォントでは,この6画の「臣」字形は特殊であって,ちとえば「区」,「凶」など(これらは4画),すべてゲタを履いているのである。6画の「臣」字形は中国・台湾の宋体字形と同じであるが,画数の違いを表現するために特例として採用したのだろうか。どうせだから,これを標準にしてしまってもよかったとも思う。
ついでに宋体の字形を示す。
宋体の字形.jpg
臣,ハコガマエ,山の左下,衣の4画目に注目していただきたい。衣の4画目は普通の見掛け2画にみえるが,1画であることを示す工夫がなされている。
GT明朝と宋体のデザインに共通しているのは,従来の康煕字典体の呪縛から開放されているということである。新しい明朝体のあり方を考えるのであれば,まず康煕字典体から一歩踏み出さなければ何も始まらない。しかし現実には国語学者もフォントデザイナも,なかなか抜け出せないでいる。漢字書体史を紐解いてみればすぐにわかるように,長い歴史の中においては,むしろ康煕字典体の方が異質なのである。
康煕字典体を大事にしないと古典籍を正確に記述できないということが言われるが,とんでもない話で,「俗字」に格下げ(?)された字体の方が歴史上は正しいという文字はいくらでもある。「今日の譌字は明日の正字」の世界でもあるのが漢字の世界でもあるのだが……

posted by gen : 2008年05月18日 21:08

Trackbacks

http://www.nagamura.jp/moji/minchou/mt-tb.cgi/97

Comments

Add a new comment




 
Powered by Movable Type 3.3-ja
Copyright (C) 2006 g-hit.com. All Rights Reserved.