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2008年03月31日
…【明朝体デザインの「キモ」とは】
正しい漢字の表現(4)
さいきん,井上雅靖著『牙青聯話』(書籍工房早山刊)を読んだ。この中に「沛 水部四画」という章があるのだが,漢字字形を生業とする身には気になるところである。
「沛」はサンズイに市(一+巾の4画)だが,この旁は市場の「市」(シ)とは義も違う。しかしいかにも紛らわしい。私も2月の講演で,たまたまこの文字を取り上げたばかりである。
井上氏は「沛」の意味からはじめて,この「紛らわしい」問題に入っていく。氏は4画の市(ハイ)と5画の市(シ)について,
この《市》の字と前述の「市」の字は、その成り立ち、意味もまったく異なる別の字である。しかし、現在手にすることのできる一般的な辞書では、この二字は区別されていない。実に不思議なことと言わざるをえない。
と書いている。一般的な辞書が国語辞典なのか漢和辞典なのかはわからないが,漢和辞典であれば,義も画数も違うのであるから同一視するということはありえない。あえて言えば,字形が区別されないということではないかと想像する。
さらに話は「柿」,すなわちカキとコケラへと続くのだが,これも混同されていた歴史を,大槻文彦の『大言海』から「こけら葺きヲかきぶきトモ云フハ、果ノかきの字ト見誤リテ読ムナリ」との記述を引用して説いている。おそらくは,この「見誤り」というのも字形の差が表現できていない現実を反映したものであったのだろう。
カキとコケラの字形に関してはこのブログでも「墨溜りの効用(1)」で取り上げたが,たったひとつの墨溜りの有無で,この文字の差も明確に表現できる。このあたりを軽視すると「区別されていない」と言われることになるわけだ。こういった細部に対する注意を心がけていないと,「肺」のようにハイでありながら5画の市の文字が正しいなどいうことになってしまうのである。
このブログでずっと強調し続けてきたことであるが,こうした点に拘ることこそが,真のユニバーサルデザイン,すなわち「正確な構造表現」の実現につながるものと信じている。
ちなみに『篆隷大字典』で「沛」を見ると,清代の書家,金農の書に旁を5画に書いたものが認められる。著名な書家でもシとハイを混同しているわけだ。草書などでは同じ運筆になるのだから,こうした混同も当然なのかもしれないが,だからこそ,とくに基準書体である明朝体には「たしかな構造表現」が求められるのである。(この段落は4月1日追記)
posted by gen : 2008年03月31日 23:30
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Comments
牙青聯話を書きました井上雅靖です。ご指摘のように「字形の
区別」のつもりでしたが言葉が足りませんでした。ご親切に
深謝いたします。パソコンは苦手で、ネットを見る習慣がないのでご返事が遅くなり申し訳ありません。
天候不順の折、ご自愛をお祈りいたします。
井上雅靖拝
posted by 井上雅靖 : 2008年04月17日 10:37
コメントをいただき,ありがとうございました。
『牙青聯話』はたいへん楽しく読ませていただきました。文字に関するものとしても,「表意文字 表音文字」,「五十音図 いろは」など,参考になりました。
posted by GEN : 2008年04月18日 13:15