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2007年12月05日
…【漢和辞典の字形を「斬る」】
まとめ
白川静先生は,「字統」,「字訓」,「字通」の辞書3部作を世に問うた後,『字書を作る』(平凡社刊)を上梓した。この中からいくつかの箇所を引用して,このシリーズのまとめとしたい。いまの漢和辞典の問題点や字典のあり方について示唆に富むと考えるからである。
文字を古代学的な立場から理解しようとする試みは,かつてなされたことがなかった。それは[説文]の字形学の権威があまりにも強く,新しい文字学の方法の導入を,容易に許さない状況にあったことも,その一因であろう。たとえば[段注]では[説文]を殆ど経典として扱っており,また章炳麟のように,音韻学に新しい発想をした人でも,甲骨文・金文はみな偽作,信ずべからずとするなど,新しい資料に拒絶反応を示している。しかし資料的には,甲骨文・金文をこそ信ずべきであり,[説文]の依拠した篆文は,古代文字が字形的に整理された最終の段階のもので,すでにその初形を失っているところが多い。(同書131ページ)しかし,
わが国の字典類の字説は,一般に甚だ貧弱なものである。それはその編集者たちが,これらの研究に無関心であり,また十分な知識を求めようとしていないからであろう。わが国最大の字書である諸橋博士の[大漢和辞典]は,戦前に完稿し,組版も用意されたものであるが,その刊行は昭和30年(1955年)にはじまり,5年後に至って刊行を終えた。漢字典としては類例のない浩瀚なものであるが,その字説は専ら[説文]により,これを補説するときにも,[段注]など[説文]の注家の文を引くのみで,独自の研究は全くない。当時には十分に依拠すべき資料がなかったとしても,[古籀篇][書契淵源]ののちに刊行された書としては,これらの研究を無視すべきではなかったであろう。(同書123~124ページ)とも指摘する。
従来の字書編纂について,さらに,
明治以降のいわゆる漢和辞典は,おおむね定まった編集法によっている。まず字説としては,[康煕字典]の部首法により,部中の字を筆画によって排次し,漢・唐・宋の字書類によって訓義を加える。[康煕字典]は語彙を加えないが,これに語彙を加える編集法は,西洋の辞書の編集法を取りいれたもので,その方法は,中国でよりも,わが国でまず行われたようである。(同書259ページ)と述べる。
漢字に字形学的な解説を加えるときには,従来は[説文解字]によって説くことが普通であり,まれに編者の意見が加えられるときにも,字形学的体系の上に立つものは,ほとんどなかった。(同書266ページ)
すなわち,漢和辞典は中国・西欧の折衷型辞書編集法が採られたのであった。
ほとんどの漢和辞典が[康煕字典]の部首法を基本に編集されていることはご存知の通りであるが,その中にも,
[康煕字典]では,部首の一に丁・丂・七・丈・三・上・下・不・丐・且・丕・世・丘・丙・丞など凡そ四十字,[大漢和辞典]に六十五字,[漢語大詞典]に六十三字を収めるが,相互に出入多く,[大詞典]には井・五・屯・東・亜・甫・来・甚・爾などをも加える。[説文]の一部の立意と全く異なり,字形学的に部首の意を失っている。それは四角号碼の考え方であり,またこのような部首のもとに排次されている文字を,部首的な観念で検索することは殆ど不可能である。(同書340~341ページ)という問題がある。
この「部首法」に何か違和感を感じられた方も多いのではないか。しかし従来のほとんどの漢和辞典にとって部首法は金科玉条であって,なかなかそこから脱却できていない。漢字を知っている人しか利用できないとは言い過ぎだが,しかしそれにしても,全体的傾向としては,やや工夫が足りないことはたしかである。
しかし工夫・検討が足りないのは検索法だけに留まらない。それが,とくに見出し文字の字形である。『新潮 日本語漢字辞典』は,字解に白川学説を採用するなどの「挑戦的」試みをしており,またこの辞典のために文字字形を微細なところまで調整しているのであるが,字形解釈については字体差/デザイン差を区別しないなどの検討不足を露呈した。前回に指摘したとおりである。
ただ,この辞典はチャレンジャブルであったことは大きく評価しなければならない。前掲書においても
字典・辞書を作ることは,一種の冒険である。と述べている通りである。
字体差/デザイン差を明確にし,しっかりした思想に基づいた漢和辞典の出現を強く望みたい。それによって,このシリーズで提起した字形に関する課題が整理されることをも期待したいと思う。
【補足】
本業の仕事がかなり忙しくなり,少し間が空いてしまいました。
このシリーズも,最初は字形から見た現在の漢和辞典の問題点を数回程度で簡単に述べるつもりでしたが,いつの間にか前回までに15回にもなってしまい,このままではいつ終えるとも知れぬ長丁場になりそうなので,とりあえず今回で締めることにしました。
次回からは「表外漢字表」の字形上の問題点について私見を述べる予定です。
posted by gen : 2007年12月05日 23:10