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2007年11月18日 …【漢和辞典の字形を「斬る」】

新潮社『新潮日本語漢字辞典』発売

9月末に新潮社から『新潮日本語漢字辞典』が発売された。同社の創立110周年記念出版ということで,かなり力が入っている。
従来の漢和辞典とは意識的に趣を異にした編集方針を採っており,その挑戦的スタンスには敬服する。
その特徴には多くの同意できる点があるものの,やや問題を感じないわけにはいかないものもある。それらの「特徴」を簡単にレビューしておきたい。
巻頭の「刊行にあたって」には,

これまで日本で刊行された漢和辞典は、一般の日本人とは縁遠いものでした。漢和辞典のほとんどは、中国の言葉を、それも古代の中国語を日本で学ぶための辞書だったからです。したがって、日本で育った漢字の字形、意味、熟語などを引こうとしても、載っていないということがしばしばあったのです。
そもそも、中国語は外国語の一つです。私たちは『新潮日本語漢字辞典』を、その中国語としての漢字ではなく、「日本語としての漢字」を知るための辞典として編纂しました。
と述べられている。この辞典の目的を的確に表現しているといえよう。
蜻蛉を「あきつ」でも引けるとか,アルコール(酒精),コップ(洋杯,瑠璃杯)などというカタカナ語,さらにウラジオストク(浦塩斯徳),ラングーン(蘭貢)など,日露戦争を中心に明治期のことを勉強している身としては外国地名の漢字表記がわかるのも非常にありがたい。なかにはヤムチャ(飲茶),バンバンジー(棒々鶏)などというものもある。熟語は主として新潮文庫を中心に明治期以降の日本文学から収録したというが,卑近な用例を収載し,利用価値は高いと思う。
また字解に白川静先生の説を全面的に取り入れたことには快哉を叫びたい。従来の拠り所としての「説文」については,「一説に,……」として扱うに留めるなど,従来解釈に配慮はするが中心的には扱わないという明確な主張が認められる。具体的には『字通』,『字統』に示されている解釈をそのまま採用している。
しかし一方,とくに字形に関しては,やや問題なしとしない。二点ほど挙げておこう。
まず第一に,親字(代表字など)に採用した書体のウェイトが適していない。書体はよいのだが,何としても漢和辞典の親字としては太すぎるのである。
組版のバランスを考えるにあたって用いられる指標に「ジャンプ率」というものがある。本文文字サイズに対して,小見出し,大見出しなどの文字サイズをどのぐらい大きくすればバランスがよいかを決めるための指標だが,サイズを大きくすればウェイトも太くするのが文字組版の常識である。
『新潮日本語漢字辞典』の親字のウェイトは,まさにこの「常識」を踏襲してしまった。したがって組版としてみた場合のバランスは黒味も含めて申し分ない。しかし,そのことによって辞書としての機能が犠牲にされた。ウェイトが太すぎて,とくに画数の多い文字の構造がわかりにくくなってしまっているのである。まったく構造がわからない文字はあまりないようだが,たとえば検字番号15074の二番目の空見出しの文字において,四画のクサカンムリの下は極めて不鮮明になってしまっている。ほとんど「幺」の一画目は視認不可能である。検字番号7282も同様の傾向がある。
また,たとえば部分字形「鹵」,「柬」などは中が潰れ気味である。「鯛」の旧字はまだカウンターがある程度とれているのだが,検字番号14778の新字体は偏旁の間隔が狭く親字としてはふさわしくない(この両者は「周」の中が土かキかの相違だけだがデザインはかなり異なる)。
つまり,漢和辞典における親字には太明朝・特太明朝の使用は好ましくないのである。やや弱々しい感じがしたとしても,機能的に見て細明朝こそがふさわしい。
第二に,ここが重要なのだが「別体」とされる字形に大きな問題がある。別体も異体字の一種と看做されるが,ここには単なるデザイン差の文字がかなり含まれているのである。大問題であり,これが一人歩きするととんでもない混乱が起きる可能性がある。
「俳」の字形について,このブログの『「非」の4画目問題』で取り上げた。そこで,
それでは「貫く“俳”」と「貫かない“俳”」のどちらが正しいのかという疑問に対して,漢字の辞書であるはずの「漢和辞典」は回答を与えているであろうか。現存するすべての漢和辞典に目を通したわけではないので断定は避けるが,ほとんどの漢和辞典は「否」である。
と述べたのであるが,本辞典の「俳」(検字番号447)は4画目を貫かない字形で表示されている。
それはよいとして,もう一つ「徘」(検字番号3371)を見ることにしたい。ここでは代表字として4画目を貫く字形で表示している。しかし,この文字の別体として貫かない字形をも載せているのである。しかも検字番号を3372と独立にとっている。それでは,なぜこの字形差を「俳」に敷衍しないのか,あるいは敷衍できないのかを説明してはいない。
この類のものはいくつもあるが,部分字形「非」の4画目を貫く・貫かないなどというレベルは単なるデザイン差に過ぎず別体として定義すべきものではない。
そもそも本辞典における別体の定義が中途半端なのである。この定義として,
旧字、正字、本字以外の異体字は一括して別体として表示した。これらの中には従来、俗字、略字、誤字、古字と表示してきた漢字や、代表字との違いがわずかであるものも含まれる。
と記されているのだが,この「代表字との違いがわずか」な文字が異体字とされるレベルなのか否かが明確にされていない。しかし現実には微細なデザイン差が別体とされてしまっている。
どうやら,この原因は『表外漢字字体表』(あるいは,同じことだが「印刷標準字体」)の字形解釈にあるようである。この文字字形に対して神経質な解釈をしすぎている。これは辞典編纂者の理解不足というより『表外漢字字体表』に問題の本質があるような気がしてならない。このことについては,その重要性に鑑み別途詳細に論じるつもりである。

posted by gen : 2007年11月18日 21:28

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