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2007年10月16日 …【漢和辞典の字形を「斬る」】

上下逆さの文字

前回,大漢和辞典の文字番号16274を例に挙げて画数問題を論じた。この文字の冠部は「止」を上下逆さにした字形であったが,この冠部の中央縦画起筆部には墨溜りを持たないし,二番目の横画収筆部にはウロコはない。しかし明朝体様式では,こうした表現はよくある。字形的にとくにおかしいところはない。唯一,右上の転折部を示す形状が角ウロコであるから,その形状を是とするのであれば画数が違うということを指摘したのであった。
数ある漢字の中には,ある漢字またはその部分字形の上下が逆になった字形を持つものがある。大漢和辞典の文字番号16274もそのうちのひとつと言える。「上」と「下」も,そういう関係にある文字と解釈したとしてもあながち間違いとは言えない。
しかしもっと顕著な例がある。たとえば「或」を上下逆にした文字がかなりあるのである。少し例示してみよう(画像をクリックすると拡大表示されます)。
「或」の上下逆字形を持つ大漢和辞典の文字例.JPG
ところで,これらの文字はどのように運筆するのだろうか。これらの文字をよく見ると,完全に図形的に180度ひっくり返した形につくっている。ウロコまでが逆だ。つまり逆形の「或」は紙を逆さにして書かなければ書けない形状になっている。しかし,このような文字も実際に書かれているものもある。

大漢和231と234の字形.JPG  大漢和226と229の字形.JPG

上は大漢和辞典の索引の一部であるが,「了」を上下逆にした文字(大漢和229),「予」を上下逆にした文字(大漢和234)がある。これらも物理的に180度ひっくり返しただけの形だ。どのように運筆すればこのように書けるのだろうか。こうした文字の多くは古い文献にたまに現れるだけで,実際に書かなければならない状況に置かれることはまずないと思う人も多いかもしれない。しかし,そうでもないのである。
「了」を上下逆にした文字も「予」を上下逆にした文字も戸籍統一文字に含まれている。前者は戸籍統一文字番号002720,後者は戸籍統一文字番号002780として登録されている。つまり,これらの文字は住所または氏名に使われているのである。いまでも実際に書かれる文字なのだ。それにしても1画目がハネ先から始まるような文字など、どうやって書くのだろうか。
残念ながら,漢和辞典はそういう疑問には答えてくれるものではないようだ。

posted by gen : 2007年10月16日 22:41

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Comments

>残念ながら,漢和辞典はそういう疑問には答えてくれるものではないようだ。
それはそうでしょう。漢和辞典の主流となっている明朝体は、書くための手本ではないのですから。
「さかさ予」「さかさ了」がカッコ悪いのは、多くの職人が長い間かかって切磋琢磨してきたというデザインではないからです。
石井茂吉が苦しまぎれに「予」「了」をひっくりかえしたような形ですましたのも責められません。
大漢和辞典中の世界初の明朝体デザインの文字はみなそうです。

どう美しく書くかは、人それぞれの感性によります。さまざまな例の中から、多くの人に支持される形が定まってゆくのでしょう。
私はこのように思います。

posted by 和田 徹 : 2007年10月17日 08:23

「さかさ了」,「さかさ予」の字形は石井茂吉の創作ではなく,ほぼ同字形で『康煕字典』に収載されています。明朝体字形として,これ以上に遡ることは今の私にはできませんが,逆さ字(または逆さ部分字形)の歴史はかなり古く,たぶんそれなりの書き方がなされてきたのでしょう。
私が取り上げているのは漢和辞典における単なる文字デザインの良否という観点ではなく,現代人に求められている真の漢和辞典はどうあるべきかという問題提起ですので,個人的には「書き文字ではない明朝体で表記されているのだから、それに書き方の指針を期待するのはおかしい」という立場ではなく,「書き方の指針を含めて、いまの漢和辞典がリファレンスにならなければならないのではないか」といったことを考えてもよいのではないかと思います。
これについては『漢和辞典の字形を「斬る」』の最終回で論じたいと思っています。

posted by GEN : 2007年10月17日 11:05

>「書き方の指針を含めて、いまの漢和辞典がリファレンスにならなければならないのではないか」
ならば漢和辞典に楷書字形も併記すれば、それですむように思います。
そうすれば学校優等生タイプの人が、常用漢字かそうでないかによって、1点/2点シンニョウ、ネ型/示型シメスヘン、「平」の点点をハ型/ソ型を律儀に書き分けるなどという悲喜劇は避けられました。

posted by 和田 徹 : 2007年10月17日 20:46

> ならば漢和辞典に楷書字形も併記すれば、それですむように思います。
> そうすれば学校優等生タイプの人が、常用漢字かそうでないかによって、1点/2点シンニョウ、ネ型/示型シメスヘン、「平」の点点をハ型/ソ型を律儀に書き分けるなどという悲喜劇は避けられました。

「楷書」の定義も問題でしょう。現在の楷書フォントのほとんどはシンニョウの一点・二点,「ハ」か「ソ」か,「示」か「ネ」か,などのほとんどは常用漢字は常用字形の骨格で,その他はJISの骨格でデザインされており,楷書と言えども書き分けている以上,本質的解決にはならないと考えます。
念のために申し添えれば,すでに本BLOGで論じたように「北」,「令」に代表される明朝体と楷書で著しく骨格が異なる文字については,当然ながら現在の楷書フォントにおいても楷書の筆法にしたがってはいます。
しかしそれよりも,漢和辞典を引いても漢字に関する本当に知りたい情報が得られないという「事実」を,もっと真剣に考えてみてもよいのではないか,ということを主張しているわけです。

posted by GEN : 2007年10月18日 22:52

>...、楷書と言えども書き分けている以上、....
だから、そのことを「律儀に書き分けるなどという悲喜劇」だといっているのです。話が逆です。
「本当に知りたい情報が得られない」から常用漢字と非常用漢字で「書き分ける」という愚を犯しているのだとはいえます。

posted by 和田 徹 : 2007年10月19日 17:47

個人的にはまったくその通りだと思います。
しかし現実の世界,とくに文字行政における実態はけっしてそうではありません。つまり,漢字の,とくに字形解釈に関してはきわめて曖昧模糊とした状況の中で,しかし一種の「コダワリ」を押し付けている面を否定することはできません。そして,そういう社会環境の中で文字を使い,接触している以上,まったく無視することはできないでしょう。
フォント制作者も,本来は「出る・出ない」,「払う・押さえる」などはもっと自由にやればよいものを,けっきょくは瑣末なところまで「基準」(これが問題ですが)に合わせることで逃げているということがあると思っています。
文字行政を含めて,ここでいう「基準」の問題点については別途取り上げる予定ですので,もうしばらくお待ちください。

posted by GEN : 2007年10月19日 18:01

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