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2007年09月21日 …【漢和辞典の字形を「斬る」】

不思議なカクシガマエ(補足その2)

カクシガマエ3種.JPG
9月10日の「不思議なカクシガマエ(補足)」で通常のクニハコガマエ,カクシガマエと「ウロコ付きカクシガマエ」(これが不思議なカクシガマエなのだが)の違いを図示して説明した(右図に再掲)。しかし日本の近代漢和辞典の字形が『康煕字典』からはじまった以上,この字形に触れないわけにはいかない。それと『大字典』の両カマエについても見ておきたい。それらを並べて見ると,なぜ「不思議なカクシガマエ」なのか,という実態に迫れそうな気がする。
康煕字典のハコガマエとカクシガマエ.JPG
まず上図に『康煕字典』のクニハコガマエとカクシガマエを示す。両者ともエレメントはよく似ており,違いは左上の1画目と2画目の接し方のみである。
つぎに『大字典』のクニハコガマエとカクシガマエを下図に示す。『康煕字典』の字形とはかなりイメージが違うが,これもまた左上の1画目と2画目の接し方を除き,両者のエレメントは非常によく似ている。
大辞典のハコガマエとカクシガマエ.JPG
つまり,『康煕字典』,『大字典』の両者とも,2画目の折り方やストロークの太細の違いにはあまり意味を認めず,もっぱら1画目と2画目の接し方の違いに重きを置いていることがわかる。
常用漢字表の「区」.JPG
それではあらためて「常用漢字表」をみてみよう。「区」には「いわゆる康煕字典体」の「區」が添えられているが,この二つの文字のカマエは康煕字典のハコガマエとカクシガマエそのものである。
常用漢字表の字形を重視するのであれば,現代の明朝体においては両カマエとも康煕字典の字形を踏襲すべきであるとも言えるのだが,実態はそうではない。ハコガマエは康煕字典系,カクシガマエは大字典系(ここだけの名称として用いることをお断りする)が多数派を占める。『大漢和辞典』,『新大字典』,『大字源』,『大漢語林』,『旺文社 漢和中辞典』,『全訳 漢字海』,『新漢語林』,『新字源』などなどである。
しかし中にはそうではない辞典もある。『学研 漢和大辞典』の部首字形はカクシガマエの1画目起筆位置と2画目起筆位置が同じである。したがって,これらの差は2画目の折り方とストロークの太細の違いに置いている。ただ,実際の親文字字形としてはいくつかのバリエーションが存在し,その中には康煕字典系もある。
しかし,なぜ「ハコガマエは康煕字典系,カクシガマエは大字典系」が多数派なのであろうか。
文化庁の『明朝体活字字形一覧』では,ハコガマエはほとんど例外なく康煕字典系である。また,カクシガマエは康煕字典系と大辞典系が混在しているが,これは文字種別による傾向が強い。たとえば「區」や「匿」は康煕字典系が多数派だが「匽」や「匼」は大辞典系が多数派になっている。
『大字源』の「不思議なカクシガマエ」が,実はこの種の文字であることは,たぶん偶然ではない。それなりの思想があるはずである。しかし,くどいようであるが本来これらを字形的に区別する必要などはなく,混乱を招くだけであると信ずる。

【9月22日 補足】
和田さまからハコガマエをクニガマエと誤記しているご指摘をいただきました。当該箇所を見え消しで修正しました。

posted by gen : 2007年09月21日 21:53

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http://www.nagamura.jp/moji/minchou/mt-tb.cgi/67

Comments

GENさんも私の「クニガマエ」の誤記につられてしまっています。^^; もうしわけない。

常用漢字表の字形のもととなった当用漢字字体表では「匹」と「匠」とでカマエのかたちにちがいはありません。
これをどのように「装飾」して「みめかたちよく」つくるかはデザインのはなしです。
職人だったら親方や兄弟子のやりかたをまねるでしょう。
常用漢字表の「(付)字体についての解説」「第1 明朝体活字のデザインについて」のなかの例は「これ以外はみとめない」ということではありません。
ハコガマエとカクシガマエの例もこのたぐいだと私はおもっています。

漢和辞典や漢字字書には、みだし字として部分字形についても理路整然とし統一された活字(いまならフォント?)をつかうべし、との主張には賛成します。
理想の明朝体活字字形をもとめて研究することにも文句はつけられません。
(職人はわるくいえば「その場しのぎ」でつくってきたとおもいます。)
しかし日本のすべての出版物の活字字形をこまかなところまで統一することは、始皇帝ででもなければできそうもありません。

>混乱を招くだけであると信ずる。
そうでしょうか?
おおくの人は、印刷物中のわからない漢字を、ウロコの有無や線のまじわり具合まで見わけてしらべません。
また、うつくしくただしい漢字を手書きしようとするなら、能書家の楷・行・草書の手本(そのうち自分ごのみのもの)にならうべきであって、明朝体は役にたちません。
混乱するのは「いわゆる康煕字典体」だけが正字だ!(それも細部にいたるまで厳密にさだまっている!)と信じている人だけでしょう。
そんな人のことまでGENさんが心配してあげることはないとおもいます。

posted by 和田 徹 : 2007年09月22日 10:18

和田さま,クニガマエ(!)の誤記のご指摘,ありがとうございます。さっそく見え消しで修正させていただきました。
なお,本題については別途コメントさせていただきます。

posted by GEN : 2007年09月22日 10:29

9月22付コメントをありがとうございました。以下に和田さんのコメントに対するコメントを書かせていただきます。少し長文になりますが,ご了承ください。

> 日本のすべての出版物の活字字形をこまかなところまで統一することは、始皇帝ででもなければできそうもありません。

については,まさにその通りだと思います。
というより,文字のデザイン差を,ある基準に合わせてすべて統一することなどをやってしまえば,一種の「文字統制」になってしまいます。
しかし,和田さんと意見が違うとすれば,

> 職人はわるくいえば「その場しのぎ」でつくってきたとおもいます。

ということです。
活字彫刻師の「ワガママ」に頼っていた時代は,せいぜい電胎母型のころであって,活字もベントン彫刻機が入って以降はしっかりしたデザイン仕様に基づいて文字をつくるようになりました。
なぜなら,彫ることなどまったくできなくても,デザインができる人であれば2インチサイズの原字を墨入れして紙に書くことはできます。それを字形の専門家がチェックしてから「原字の上をなぞる」係の人に渡してスタイラスでなぞればパンタグラフ機構によってどんなサイズの母型も正確に彫れるのです。
これを境に,文字制作は個人作業から専門家集団による作業に代わったと言えます。そして,このような環境はデジタルフォント時代になって,ますます厳密に管理されるようになりました。たったひとりの職人に頼る時代は,戦後は完全になくなったのです(ご承知のように,ベントン彫刻機が日本に入ってきたのは昭和24~5年でした)。

ところで先日,大日本印刷の秀英体展示室を見学させてもらいました。秀英体開発室長の高橋さんに「ぜひどうぞ」と声を掛けてもらったので,同氏の説明を聞きながら,私にとっては懐かしい品々や新しいテクノロジーの成果を見て回ったのですが,その中に出版社による字形の差が具体的字例で展示されていたコーナーがありました。たしか「頑」という文字が例示されていたと記憶していますが,この文字は「元」が偏になっており,多くの明朝体デザインでは4画目を折ハネにする場合が多いようであるものの,デザインとしてはどちらでもかまいません。たとえばWindowsのシステムフォントであるMS明朝体は本来の「元」の字形である曲げハネのデザイン,MacOSのシステムフォントであるヒラギノは折ハネ字形を採用しています。
この文字について,秀英体展示室では
 ・講談社は折ハネでなければならず
 ・岩波書店では曲げハネでなければならない
という現実を紹介していました。
つまり(大手)出版社には明朝体漢字字形に対して明確な思想を持ち,その字形で組版・印刷をすることを印刷会社に求めているのが現実です。したがって大手出版社の組版印刷を手がける印刷会社は,「本来はどっちでもよい」はずの数々の字形デザイン文字を多数持たざるを得ないことになります(出版に一生を捧げた私の父は,昭和20年代に自社で使用する主要印刷会社ベントン活字の監修を行っていましたが,前述の風潮をつくった当事者の一人であったかもしれません)。
単なる(?)一般教養書としての文庫・新書の類でさえ,この文字に対する主義主張は変わりません。現在はそのぐらいにしっかりと整理された文字字形が用いられているわけです。そういう視点で漢和辞典を見れば,もっと細部に神経を行き届かせた字形デザインであってほしいというのは,けっして過大な要求とは考えません。

コメントでは図版が使えないため,冗長な文になってしまいましたことをお断りします。

posted by GEN : 2007年09月23日 21:13

「デジタルフォント時代になって,ますます厳密に管理されるようになりました」といわれるヒラギノ明朝についてしらべました。
これは日本規格協会発行「JIS漢字字典」において親字としてつかわれています。

カクシガマエの「匸區匹匿」と「匸+扁」(第四水準)についてみると、
「匸」と「匸+扁」がGENさんの理想形、
「區匹匿」は康煕字典のハコガマエ形です。
さらに「匹」は CID=13994 に旧活字形もありますが、これは左上の1画目と2画目の接し方がハコガマエ式です。

これを不統一だと指摘したところで、つくりなおしてくれるでしょうか?
そんな、お金のかかることは、だれもしないとおもいます。

参照 http://home.catv.ne.jp/rr/tosyokan/test.pdf

念のためにもうしそえておきます。私は明朝体理想形の追求そのものにケチをつけているのではありません。

posted by 和田 徹 : 2007年09月24日 10:53

たびたびのコメントをありがとうございました。
BLOGだからというよりも私の表現力の問題だと思いますが,なかなか体系的に論述できず,疑問がますます深まっていくという感じかもしれません。
さて,今回いただいたコメントに対しては,二つのレスコメントをさせていただきます。
まず第一点,『JIS漢字字典』はヒラギノ明朝体をそのまま使ったのではなく,非常に細かい字形についてのチューニングが実行されています。つまり,文字によってはコダワリをもって特定の字形に「作り直されて」いるわけです。もちろん,『JIS漢字字典』の刊行に当たってはヒラギノの発売元が全面的に協力したことは言うまでもありません。ご指摘のカマエ形状の違いは,「そのようにすべきである」との判断に基づいている結果です。
この妥当性については,専門家の間にも異なった意見が存在するかもしれません。しかし少なくともフォントデザイナーの好みがそのまま採用されたということはありません。
なお,JIS規格の漢字字形については一筋縄ではいかない複雑な力学が作用しています。私は1990年改正JISで平成明朝体を採用するにあたり,その字形をどうするかを検討するメンバーに加わりました。ちょうど20年前のことです。しかし採用された字形は,エレメント単位では統一されるに至りませんでした。これについては何度か講演等で述べたことがありますが,ここでは,これ以上踏み込むことは控えさせていただきます。
いずれにしても,「規格と漢字字形」については,別途,このBLOGで取り上げますのでご期待ください(?!)。
つぎに第二点,和田さんは,このコメントで「GENさんの理想形」という表現を使われていますが,これは誤解です。私としては,さまざまな明朝体を通観して比較的多くみられるものとして,ハコガマエは康煕字典系,カクシガマエを大辞典系と受け止めた,ということであり,これを理想形としたいわけではまったくなく,他の字形デザインを否定しているものでもありません。今回の一連の「不思議なカクシガマエ」論は,明朝体様式として,ほんらい独立横画にのみ付けられるウロコを,カクシガマエの縦から横への曲げエレメントの先端に付ける字形は極めて異質であることの指摘,およびその字形をリファレンスとしての漢和辞典に採用していることへの疑問を呈したに過ぎないことをご理解いただければと思います。

posted by GEN : 2007年09月24日 21:52

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