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2007年09月16日 …【漢和辞典の字形を「斬る」】

「區」のカマエについて

9月6日付の「不思議なカクシガマエ」で『大字源』のウロコ付きカクシガマエを取り上げ,この字形が異質であることを指摘した。さらにそこでは「他の辞典にはほとんど現れない形」と書いた。しかしこの説明だけでは誤解を与える。この形のカクシガマエは『大字源』の専売特許ではないのである。
さらに『大字源』においても,カクシガマエのすべてがウロコ付きというわけでもない。
そこでまず「區」という文字を例に,辞典によるカマエの形状の違いと「ウロコ付きカクシガマエ」の存在を確認しておきたい。
この問題については,このBLOG開設のきっかけになった国際大学GLOCOMでの講演で取り上げたので,ここではあえて触れなかったのだが,正しい理解を得るためにも,もう一度ここで論じておくことにしたものである。

漢和辞典で「區」という漢字を引くとする。辞典によって,その字形はまさに区々である。少し例示してみる(下図をクリックすると,少しだけ拡大された図が別ウィンドウに表示されます)。

これらをみていただければわかるように,ハコガマエにつくっていたり,カクシガマエにつくっていたりして統一されていない。ここには示していないが,大修館書店『大漢和辞典』ではカクシガマエの部首の項にハコガマエの字形で載っている。学研『漢和大字典』も同様である。
上図(A)は講談社から昭和40年に刊行された旧『大字典』であるが,まさに「ウロコ付きカクシガマエ」である。この字典は啓成社が大正6年に初版を出したものの再興版だが,同じく私が所蔵する啓成社版の『大字典』(昭和12年刊の200万部突破記念版)では見出し字がハコガマエであるから,どこかの時点で「ウロコ付きカクシガマエ」に変更されたことになる。
しかし,この版は三六判から四六判に変わってからのものなので,講談社によって再興された版がどの時点の版を使用したのかについて疑問が残る。
平成5(1993)年に講談社から刊行された『新大字典』では,「區」は通常のカクシガマエ,「区」はハコガマエになった(図(C))。それでは「ウロコ付きカクシガマエ」は他には見られないのであろうか。上図(G)は旺文社の『漢和辞典』であるが,「區」の字形は同図(A)と同じである
他の漢和辞典を含めて,「区」はハコガマエ,「區」は通常のカクシガマエというのが大勢であろう。もちろん「区」は常用漢字であるからゆれようがない(『常用漢字表』の「いわゆる康煕字典体」として載っている字形はハコガマエである)。しかしもう一度上図(C)を見ていただきたい。「區」の見出し字はカクシガマエであるが,ハコガマエの「區」が「同字」として記載されており,これらは単なるデザイン差ではないということを主張しているのである。
このような実態を通してみたとき,「區」はどうあるべきなのか,自分のイメージとちがうとすれば,それは何を意味するのか,そもそも辞典の見出し字の字形に差があることは当たり前なのか。「區」をいくつかの漢和辞典で串刺し的にみただけで,こんな疑問が生じてくる。
それはともかくとして,部分的に見れば「ウロコ付きカクシガマエ」は他の辞典にまったく現れていないわけではない。しかし異質には違いなく,さらにどの辞典においてもそれを有意とする理由を述べているものはない。調べれば調べるほど疑問符を付けざるを得ない。これが漢和辞典の宿命なのであろうか。

ちなみに図の(B)は冨山房『詳解漢和大字典』(昭和6年版),(D)は角川書店『新字源』,(E)は三省堂『漢辞海』,(F)は岩波書店『漢和辞典』である。

posted by gen : 2007年09月16日 17:24

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Comments

>「辞典によって,その字形はまさに区々である。」
「明朝体活字字形一覧-1820年~1946年-」をみるかぎり、おおくの活字職人はカクシガマエを「まがり具合、ウロコ」につき、ハコガマエ(前回クニガマエと誤記してしまいました)
とおなじ様にデザインしています。
漢和辞典とて、おおくは出来合いの活字をもちいていることでしょう。
(C)辞典は、両カマエは字形のうえから区別されるべしとの見識から、見なれぬ字形の活字を採用したので、一般的な字形もならべておいた、というぐらいのことではないでしょうか。
こうしないと、めざといながらも無知な人が「オレのもっている本の漢字がない!」と文句をつけるかもしれませんから。
漢字学者は字源とか用例に興味があるのであって、活字の線の太細、曲がり具合などの「みばえ」に関心があるとはおもえません。

posted by 和田 徹 : 2007年09月16日 22:37

> (C)辞典は、両カマエは字形のうえから区別されるべしとの見識から、見なれぬ字形の活字を採用したので、一般的な字形もならべておいた、というぐらいのことではないでしょうか。
…とお書きいただいた件ですが,
(C)の辞典では「區」に関するハコガマエとカクシガマエの違いを「同字」としており,これは漢字の字体解釈上の定義なので,漢字学者の見解としてもデザイン差とは見ていないわけです(つまり,異体字分類としての,正字・本字・同字・俗字・譌字・略字等の分類の一としての「同字」ですから)。
ただ,ご指摘のようにほとんどの漢字学者(というより国語学者というべきか?)は漢字の字形解釈についてはきわめてルーズな感覚を持っている人が多いようです。それが国語政策にも反映されてしまうので混乱が助長されてしまうように感じています。この問題については常々たいへん重要なことと感じていますので,あらためて取り上げることにします。
また,いただいたコメント中の,文化庁の『明朝体活字字形一覧』の字形についても少し詳細に取り上げる予定です。

posted by GEN : 2007年09月16日 23:17

みばえはちがうが、デザイン差にすぎないので、同字である。
私はこのように(C)辞典のつくりてはかんがえている、とおもいました。

>ご指摘のようにほとんどの漢字学者(というより国語学者というべきか?)は漢字の字形解釈についてはきわめてルーズな感覚を持っている人が多いようです。
私のいわんとするところが、くみとられていませんので、いいなおします。
漢字学者は甲骨字、金石字、篆書、草書、楷書、各種印刷体などで書かれた漢字そのものにつき字源、用例などを研究しています。
特定書体(ここでは明朝体)につき、「ウロコはこういうところでつけるべき」「ここは曲線にすべき」なんて研究対象ではありません。
これは職人やデザイナーの仕事です。
さらには「漢字は明朝体でこそ正しく字形が表現される、または表現されるべき」とも、おもっていないでしょう。
漢和辞典が明朝体で出版されているのは、現代日本の印刷業において明朝体が主力書体であることにならっているだけです。
以上がわたしのかんがえです。

posted by 和田 徹 : 2007年09月17日 10:40

ご意見をありがとうございました。
あらためて私見を簡単に整理しますと,

(1)明朝体は国民生活における文字環境の規範である。
(2)文科省が示す教育漢字以外は,常用漢字表,表外漢字表(兼印刷標準字体),JIS規格の例示字体,住民基本台帳ネットワーク文字,戸籍統一文字等々,規範の文字はすべて明朝体で表記される。
(3)しかしそのわりには,義務教育でさえ明朝体の特性は十分に教育されていない。
(4)したがって,国民の多くは明朝体の特性,たとえば字体の差なのかデザインの差なのかが理解していない。
(5)この傾向は,まったくの私見であることをお断りするが国語学者も同程度であると考えられる。
(6)それによる混乱が,これからも国民生活に多大な影響を与えるものと想像する。

実は,このBLOGを立ち上げた理由もここにあります。
これらの詳細は,すでにこのBLOGで論じたものもありますが,これからも折に触れて論じていこうと思っています。
ただ,ここでひとつだけ述べますと,1994年に法務省が戸籍法と住民基本台帳法を改正するにあたって「電算化に際して,漢和辞典に載っている俗字であれば,そのまま採用してよい」という方針が出されました。その結果,辞典間の,たんなるデザイン差である漢字が「別物」とされてしまったものも多かったのですが,これも上記に述べたことと関連するのではないかと思っています。
また上記の理由で,漢和辞典には文字行政上の規範文字を「明朝体で」表記する義務が生じており,異体字と認定されてしまうような曖昧な字形デザインの文字をたんにデザイナの好みでつくることや,それを辞典に採用することは許されません。
…というのが私の見解です(まだ舌足らずの感が否めないことは重々承知していますが)。

posted by GEN : 2007年09月17日 22:47

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