« 漢和辞典の文字字形は正しいか | Main | 二つの「二」 »
2007年08月23日
…【漢和辞典の字形を「斬る」】
「北」の字形について
第一回として部分字形「北」を取り上げる。
漢字は小学校の第一学年から習い始める。小学校六学年修了までに全部で1,006字を習うわけだが,これらは単に読解だけでなく,実際に「書くことができる」能力を養う。したがって字形もおのずから「書き文字」で教えられる。手書き文字の正式書体は楷書体であるから,ここで教えるのも楷書体ということになる。ただし,理解のしやすさ,視認性のよさという面を優先して若干の形状的デフォルメがなされた教科書体という書体が使用される。
教科書体は筆写用の書体であり,明朝体は表示用(つまり読むための)書体であるが,両者はまったく違う構造をもっているわけではない。それは,もともと同じ文字を表わすのであるから当然であろう。
しかし教科書体と明朝体で,見た目が変わる文字がある。「令」がもっとも顕著な違いを持つ文字だが,「北」もほとんど同じようではあるものの,まったく印象が違ってくる文字である。
ところが漢和辞典の中には,教科書体(より一般的には楷書体と言った方がよい)の「北」の構造でデザインされた文字が散見される。なぜそうなのか。あえて差をつける必然性があるのか。
今回は,これらの例を取り上げて漢和辞典の文字字形について考えてみたい。
ここで取り上げるのは大修館書店発行の『大漢和辞典』である。13巻プラス「索引」に「補巻」が付いた全15巻の国内最大収容字数を誇る漢和辞典の代表格,収載されている親字は実に約5万字に上る。物理的なボリウムが大きいため,一般家庭でひろく使用されるものとは言えないが,漢字に関わる者としては座右になくてはならない辞典である。
この辞典に限ったものではないが,個々の親字に検字のための番号(大漢和辞典では「文字番号」または「文字の番号」と称している)が付されていることが利用の幅を広げている。この番号だけでどの文字かがわかるからである(以下の記述では「大漢和xxxx」として文字番号を表わす)。
さて,さっそく大漢和5084をみてみよう。
ちなみに大漢和45を見ると,この文字は「北+一」で構成されているのだが,これは「丘」の本字と書かれている。そして,この「北」は明朝体様式そのものだ(右図。同様に図をクリックして見てください)。つまり,この二つの文字は本字-古字の関係にあるのだが,部分字形「北」には字形的相違点が見られる。これは有意な差と断定できるのであろうか。
大漢和辞典には,大漢和5084のほかにも同様の字形をもった文字がある。などである(個々の検字番号をクリックすると画像が表示されます)。
この多くの「北」は方角の北(North)ではなく,「丘」の意として用いられていることがわかる。つまり,もともとNorthの北ではない。そうであれば字形差があることは必然なのか。
次に掲げるのは古い(魏,西晋)時代の「丘」であり,北とは出自が違うことが見て取れる(個々の文字は二玄社『大書源』より転載)。
| 魏時代の「丘」 | 西晋時代の「丘」 |
しかし,それならば大漢和45においても同様の字形であってよいはずである。しかるにこの字形はNorthの北である。
大漢和辞典には,もうひとつの「北」字形がある。大漢和21558である。

そこで,ちょっと趣を変えて段玉裁の『説文解字注』をみると,Northの北を含めて次図のような字形になっている。

楷書発生前の字形は措くとして,楷書の筆法ではほとんど例外なく教科書体で用いられる字形の「北」であった。それが明朝体様式として固定化されるまでの成長期(または揺籃期)では,その中間的な字形が存在したものと考えられる。これはもちろん,とくに「北」だけに適用される特別の話ではない。かなり普遍的に言えることだ。そのユレが一次資料と看做される文書にも現れたとしても不思議ではない。かくして「原典」に忠実に表現しようとするあまり,不要な字形バリエーションを生んだとはいえないであろうか。
私の個人的解釈では,ここに例として挙げた文字のすべてはNorthの北に統一できる類のものである。また,無用の混乱を避けるためにも統一すべきであると考える。
posted by gen : 2007年08月23日 19:34