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2007年03月23日 …【明朝体の様式】

「巨」について(2)

それでは,伝統的な楷書も旧字体のような書き方をしたのであろうか。
これについても『大書源』をみてみよう。次に楷書の「巨」の一例を掲げる。
楷書の「巨」.JPG
これらは,北魏の張玄墓誌,智永,欧陽詢,南宋の高宗,程南雲,王鐸の書である。筆法や結構(線画の構成)はさまざまであるが,少なくとも明朝体の旧字体のような書き方はしていない。

何紹基の「巨」.JPG
『大書源』の中での楷書では唯一,清代の何紹基だけが上下の横線の間に縦線を置いている(図参照)が,この書家はすでに『康煕字典』が世に出てから生まれているので,この影響を受けなかったとは言えない。
もちろん,小篆体や隷書においては他の要素はすべて上下の横線の間に位置する構造であり,初期の楷書にもこの字形に近いものはあったと考えるのが自然であろう。しかし楷書が書芸術として洗練されていく過程で次第に字形も変化し,上に掲げた多数の書にみられる形状になっていった。そういう「進化」をいわば否定し,小篆の世界に立ち戻って字形を再構築したのが『康煕字典』である。たとえば「天」という文字は,楷書ではほとんど(例外はあるが)上の横線より下の横線の方が長いが,『康煕字典』では『説文』の小篆に典拠を求めた結果,伝統的な楷書の字形とは異なったものになり,それを後生大事に明朝体の標準として定めて現在に至っている。
こうした伝統的楷書の流れと康煕字典体以降の字体差に関しては,江守賢次が『解説字体辞典』(三省堂)で豊富な字例を挙げつつ詳細に解説しているので参照していただきたい。

posted by gen : 2007年03月23日 21:27

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