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2007年02月09日
…【最近の話題】
Vistaの文字問題
新しいWindows OS“Vista”の登場
1月30日にマイクロソフトはWindows Vistaを発売開始した。それに呼応してパソコン雑誌も“Vista特集”を組んで宣伝に力を入れている。パソコン雑誌としてはOSが変わったときが一番の売れ時なので力が入るのも頷ける。しかしその中から数冊を選んでパラパラとページをめくってみて強く感じることがあった。“Vista”をよいこと尽くめのように持ち上げていて,大きな問題の存在をはっきり書いているものはほとんどなかったのである。
しかし,もちろんそんなことはない。文字問題がそれである。
Vistaの文字問題とは
今回のOSではシステムフォントとして新たに「メイリオ」という書体が搭載された。この書体名は「明瞭」が訛ったものだそうであるが,その書体の字体までも訛ってしまった。漢字122字について,従来のMS明朝,MSゴシックの字体とは変わってしまったのである。それはたとえば次のようなものである(右がVistaで採用された文字の字体)。

このことは決して小さな問題ではない。同じ文字コードで字体が変わってしまうことになるのであるが,そのデータをみた人は,それがどの字体の文字を書き手が選択したかったのかを知る手がかりがないのである。
もう少し詳しく説明する。
たとえば,ある人は従来のWindows XPを使って文書をつくり,ある人はWindows Vistaを使って文書をつくる。標準で搭載されている文字種の範囲で文書をつくれば,上述の122文字種についてこの二つの文書の間には字体の異同が生じることになる。しかし,その文書を他の人が受け取って自分の使っているパソコンで処理した場合,書き手の意図に関わらず,表示・出力される字体は受け取った側の環境によって決まってしまうのである。
この関係を簡単に図示してみよう(「ケース1,2」と「ケース3,4」は同じことを言っているのであるが,ユースケースとしてイメージしやすいように分けて図示した)。
問題なのは,受け取った人にとって,書き手がどのOSを用いたのかがまったくわからないことである。したがって書き手が従来の略字体で書きたかったのか,あるいは今回採用された旧字体(いわゆる康煕字典体)にしたかったのかがわからない。文書データのプロパティをみても,OSまでは示してくれない。したがってデータだけからは書き手の意向を判断するすべがないのである。
自分が文書をつくって自分で使うだけなら何の問題もない。しかしたとえば複数の著者からの原稿を集めてひとつの書物にしようというときのワークフローを考えると,データ自体は何も語ってくれず,最後は人が一件ずつ確認する以外にないことになる。
市名や地名などの固有名詞が多い文書を印刷するところでは,おそらくそれらのコミュニケーション費用も膨大になるであろう。しかし,こんなに大きな問題を抱えるにも関わらず,あまり大騒ぎされていないのが実情である。
PAGE展では?
今日までの3日間,日本印刷技術協会主催のPAGE展が東京・池袋のサンシャインシティで開催された。さすがにここは印刷業界中心の展示会であったから“Vista文字問題”の関心は高かったといえる。いくつかのチェッカーやプラグインが発表されていたし,字体変更前と後の両方のフォントを用意したり,コンバートテーブルを用意したり,というソリューションもあった。そしてそれらの説明には人だかりができていたことは関心の高さをうかがわせた。
チェッカーのひとつは,まだ参考出品ということであったが複数の文書テキストファイルをサーチして変更対象文字の有無を検知,それを別ウィンドウで示すものであった。このツールもそうであるが,最後は人間が確認せざるを得ない。全自動で判断することは難しいように思う。
このPAGE展の併設コンフェランスの一環で,一昨日にあるトークショーがあって出席したが,そこでもVistaの話で盛り上がった。そこの発言にもあったことであるが,実はこの問題,マイクロソフトの責任とは言えない。もちろんVistaを搭載したパソコンを販売しているメーカーやディーラーの責任でもない。「国家標準たるJIS規格の問題だ」という指摘も上がった。
しかしそうであろうか。たしかに直接的にはJIS X 0213:2004に沿って実装したことがこのような事態を招いたといえるのであるが,さらにその原因は『表外漢字字体表』に行き着く。これが「印刷標準字体」と位置づけることが強要され,それに漢字規格と文字インフラが従ったまでなのである。
マイクロソフトの「Microsoft® Windows Vista™ における JIS X 0213:2004(JIS2004)対応について」においても,
マイクロソフトでは、日本文化に根ざした情報化社会の実現を引き続き支援するために、Windows Vistaで、「国語施策として示されている印刷標準字体」および「法令に基づく施策である新人名用漢字」の双方に対応した最新のJIS規格、JIS2004に対応した日本語フォントを搭載しています。と記載している。この表現は間違いではない。
教訓が生かされない日本の文字行政
実は,このような問題が生じたのは初めてではない。いわゆる78-83問題というのがあった。
コンピュータで扱う漢字のJIS規格は1978年にJIS C 6226として制定された(後に,規格番号がJIS X 0208と変更された)。JIS規格は5年ごとの見直しをするのが原則となっており,この規格も制定5年後の1983年に改定が行われたのであるが,このときに約180字の字体入れ替えをしているのである。
たとえば,よく引き合いに出された例として,
鷗 → 鴎
蠣 → 蛎
などがあり,「森鷗外」が「森鴎外」に,「蠣殻町」が「蛎殻町」になってしまったということがおきた。しかし1983年といえば,まだインターネットもなく,パソコンを使って商業印刷を行う環境もなかったから,もっぱら個人または企業内ユースでの問題に留まっていた(日本語DTPの登場は1985年である)。すなわち,A社のパソコンで文書をつくって画面で確認した文字の字体と,それをB社のプリンタで印字した字体が違う,という問題がほとんどだったのである。当時のワープロは,まだ文書清書機として使われていたので,印字してみてはじめて違いに気付くということになったわけである(下図)。
しかしこの問題も大きくとりあげられ,JIS規格の管理省庁である当時の通産省には多くのクレームが寄せられた。そこで1990年のJIS改定では,このクレームに懲りて「字体はいじらない」という原則を固持したのであった。それが2004年の大改定で大きく変えてしまったのは,国語政策に引きずられたとは言え過去の教訓を生かせなかったといわざるを得ない。本来は歴史のぜんまいを逆に回すことなどしてはならないのである。そういう意味でも,いまさら康煕字典体か,ということについての議論もしていかなければならないであろう。
とくに,現在は1983年当時とは影響の度合いが比較にならないほどコンピュータインフラは拡大し,しかも印刷技術の中枢にまでなってきた。「表外漢字表」制定において,この種の変更が社会に対し,日常生活に対し,そしてとくに文書を扱う産業に対してどのぐらいの影響が出るのか,といったシミュレーションがどの程度行われたのかは極めて怪しい。そういう意味でも,今後しっかり検証していかねばならないであろう。
posted by gen : 2007年02月09日 23:01
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Comments
よく分かっていないのかもしれませんが、
同じフォントで表記が変わった訳ではないですよね?
VistaにもMSゴシックはあるので
一般的な、フォント名を指定できるアプリを使えば
> 受け取った人にとって,書き手がどのOSを用いたのかがまったくわからない
ということはないんじゃないでしょうか?
VistaでMeiryoで文書を作成→Meiryo未導入のXPで開くとMSゴシックになる
という問題はありますが、そもそもフォントって皆が同じセットを使うわけではないですし
当分の間、文字変化が困る文書ではMeiryoは使わない、を守ればよいのでは?
posted by Anonymous : 2007年02月11日 11:54
コメントをありがとうございました。
この問題は利用目的や利用環境によって価値観もかわってきますから,一括りにできないことはたしかです。
とくに文書を自分が作って自分で利用するという,閉じた世界ではあまり大きな問題にはなりません。一方,とくに書籍・雑誌類の原稿として作成する文書の場合には,よりシビアに考えねばならないものと思います。なぜなら,多くの出版物は最終的には書体指定が別途入るからです。
しかし,「MS明朝」と「MSゴシック」の世界だけで考えてもかなり複雑な様相を呈します。ご承知のようにこれらには今回のVista登場に伴って2種類の新たなバージョンがでました。すなわちV5.0とV2.50です。前者の字体は2004年版JIS対応,後者では90年JIS対応になっています(V2.50は従来のV2.3をバージョンアップしたものです)。「メイリオ」を使用せず,「MS明朝」,「MSゴシック」だけで文書をつくったとしても,同じフォント名で交換されると,どちらのバージョンが使用されたかはわからないので,やはり混乱は避けられないものと思います。
ちなみに,マイクロソフトが発行している解説「Microsoft Windows VistaにおけるJIS X 0213:2004(JIS2004」対応について」の中のFAQでは,次のような記述があります。
Q:クライアントであるWindows XPでJIS2004対応MSゴシック・MS明朝(Ver5.0)tJIS90対応MSゴシック・MS明朝(Ver2.3)のどちらが使われているか,サーバー側で知る方法がありますか?
A:どちらのJISのバージョンを選択しているのかユーザーに決めてもらうことになるため,サーバー側で知る方法はありません。
結局は文書をつくった本人が教えてくれない限り,本当のところはわからない,ということになるものと思います。
いただいたコメントの「コメント」になったでしょうか。
posted by GEN : 2007年02月11日 13:44
「漢字122字について,従来のMS明朝,MSゴシックの字体とは変わってしまった」とあるんですが、たった122字ですか? もっとたくさんあるように思うんですが…。
posted by 安岡孝一 : 2007年02月20日 14:46
まったくご指摘のとおりです。
この内容については,先生の「Vistaで化ける字,化けない字」および「Vistaで化ける字,化けない字(続報)」において詳細に分析されており,貴重な資料として参照させてていただいています。この場をお借りして御礼申し上げます。
今回の問題は,大きくわけると
- 字体・字形変更問題
- ゴシック体系に「印刷標準字体」を適用することの是非
後者の問題についてはあらためて取り上げることとし,今回はどちらかというと前者の問題について,さらに言えば,
VistaはJIS:2004の字体に合わせ,JIS:2004の字体・字形変更は「国語審議会の答申『表外漢字字体表』に示されている字体に合わせるものとされた」
というところに焦点を絞って私見を述べようとしたものです。ただ,その詳細を書いていないためわかりにくいものになったかもしれません。続編(?)で論述していきたいと思っています。
今後とも誤解・曲解等についてご指摘いただければ幸甚です。
posted by GEN : 2007年02月20日 16:13