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2006年10月24日 …【文字の違いとは何か】

文字の「違い」とは何か(7)

手書き文字の字形に関するユレ

手書き文字の字形に関するユレについて,少しみておきたい。それは,手書き文字→活字字形の過程で,手書き文字特有のユレを文字本来の字形的要素として誤認する結果,外字が発生することが多いと考えられるからである。すなわち,手書き文字のユレの傾向をしっかり理解することが,無駄な外字の発生を抑える有効な手段になるのである。
なお,OCRにおける認識アルゴリズムの開発現場においては極めて多数の事例を収集して分析されているはずであるから,その種のデータが入手できる方はそれを参照して判断していただきたい。私は,そのような開発を経験したことはないため,ここに述べるのはかなり一般的かつ常識的な範囲に留まることをお断りする。
手書き文字のユレを以下の13種類に分類して考えてみているので,若干の解説を付け加えながら紹介しておく。
なお,筆写字形と活字字形の対応に関する「常用漢字表」等の例示は念頭にあるものとして話を進める。
① 出る・出ない(交わる・交わらない)
先に「女」で説明した。「耳」の五画目の右ハネ(トメの場合もある。当用漢字の筆順では最終画)についても「女」と同様の関係にある。その他よく例に出されるのは「非」の四画目の収筆と一画目の関係である。これは筆順から言えばコントロールしやすいといえそうであるが,ハネの場合には勢いというものがあり,簡単ではない。また「雪」の脚部“ヨ”の二画目収筆と一画目転折後の縦画の関係も,この分類に入る。これはトメであるから比較的コントロールはしやすい。
ちなみに,この「ヨ」は,明朝体では戦前は二画目を右に出していた。つまりここでの「出る・出ない」は旧字・新字の関係にある。古い教育を受けた人は,あえて手書き文字においても意識的に「出す」こともありえる。
「化」の“ヒ”の左ハライ収筆と二画目との関係もこのカテゴリーに該当する。ただし,“ヒ”の場合は単純に「出る・出ない」では片付けられない。もともと“ヒ”と“匕”は義も異なるからである。明朝体の「化」の場合では「出る・出ない」は旧字・新字の関係になる。
② 付く・付かない(離れる)
これは大きく分けて,偏と旁,冠と脚の間や,偏旁・冠脚のそれぞれの部品を構成するサブパーツ間の「付く・付かない(離れる)」と,ストロークレベルでの「付く・付かない(離れる)」があり,文字として考えれば,当然重みは異なる。一文字を構成する画線の粗密によっても大きく影響されるであろう。書の世界では楷書でも偏旁・冠脚が接触している例は枚挙に暇がないが,一般の人の手書き文字では,比較的に偏旁・冠脚を離す意図が見られるようである。
むしろ,ここで問題にすべきは,あるパーツ内での「付く・付かない」であろう。たとえば,楷書における「日」,「白」,「月」,「目」,「自」,「見」,「貝」などの中に入っている横画は,右側の縦画には付いていないものが多い。顔真卿はほとんど右側を空けている。『多宝塔感応碑』ではよほど狭い場合を除いて,例外がないほど左は付け右は離しているのである。ただし縦画が中央を貫く,「車」,「東」,「申」などでは左側も離している例がある。褚遂良などは両方を開けている作品も多い。しっかりした結構の中にもやわらかさと風通しのよさを感じることと無縁ではないであろう。
なお,「日」と「曰」(いわく)の差は中の線の右側が付くかどうかというよりも全体の縦横のプロポーションにある。また「月」は当該部分が付くかどうかでもともとの義も異なるのであるが,現在ではほとんど意識されないであろう。
こうした「付く・付かない」とはまったく異質なのが「木」と「ホ」に見られるものである。このユレは「常用漢字表」にも「条」と「保」の筆写字形のバリエーションとして例示されているが,もともと「木」と「ホ」は別のパーツである。このユレは単に「付く・付かない」だけでなく,四画目は「払う・押さえる」の差としても現れる(「木」においても偏に来る場合に四画目を押さえることがよく行われることはいうまでもない)。
③ ハネル・ハネナイ
もっとも顕著な例は「木」であろう。楷書では「木」はハネるのが当たり前である。「禾」や「米」などもハネる。明朝体ではこれらの文字またはパーツはすべてハネナイこととされたために,本来の筆法ではハネてよいはずの教科書体がハネない字形になり,児童は「木」もハネてはいけないと教わる。そこで楷書で書く場合の「ハネル・ハネナイ」に大きな混乱を生じることになる。それが現在の状況であろう。
そもそも「ハネル・ハネナイ」はきわめて動的なものである。文字内連綿の一変形と考えることができるハネも多い。最終画の収筆でハネル場合も多いが,勢いがあればハネは自然に生じるものでもある。
文字間連綿の場合,たとえば「皿」の最終画を止めて次の文字に移る場合,筆を離すよりも次の文字への運筆が早ければ,ややハネることになる。したがって「ハネル・ハネナイ」は,こうしたダイナミズムの発露として表現されるものであることを理解したうえで弁別すべきである。
④ 払う・押さえる
よく,空間の余裕があれば払い,余裕がなければ押さえる,ということが言われる。しかしそれは書体デザイナが判断する類の話である。普通の人が手書きする場合には,そういうことを厳密に考えて書くとは限らない。押さえる傾向が強い人,払う傾向が強い人など,どちらかと言えば書き手のクセに左右される場合も多いものと考えられる。書体デザイナは正方形の枡の中にバランスよくデザインするのであるが,手書きの場合,すべての文字に対して同一の大きさを持つ正方形のボディを強く認識しながら書くなどという人は,まずいないであろう。手書き文字の「払う・押さえる」の差とはこういうシチュエーションのもとになされるものなのである。
たとえば「因」という字を書くことを考えてみよう。“大”の最終画はクニガマエの中で窮屈だから押さえようという人ももちろんいるであろうが,大は勢いよく払ってこそ“大”と言える,という思想を持って伸びやかに払う人も入るはずである。そしてその結果,払いの先がクニガマエの右側の線を越えてしまう,ということもあるかもしれないし,あらかじめクニガマエを大きく書いておく人がいてもおかしくはない。生きた手書き文字とはこんなものなのである。
⑤ 払う・縦画
このカテゴリーはわかりにくい,というよりこの種のバリエーションを指摘する人もほとんどいないかもしれない。具体例で説明する。「周」をパーツとする文字の中で,「彫」の場合は一画目は縦から左に払われるが,「周」が旁になる「調」などでは周の一画目は往々にして縦画に書かれる。極端な場合には収筆部が内側にハネている場合もある。
もちろん「彫」の一画目を縦画に書く人もいる。これは個人のクともいえるかもしれないが,実際の書き文字を見れば,このようなバリエーションがいかに多いかがわかるに違いない。
「静」の「月」一画目も払う書き方は古くからあり,かならずしも垂直には書かれない。人によっては「青」の下は「月」ということで払う,ということもあるであろう。
付言すれば,楷書の筆法として「背勢」と「向勢」がある。欧陽詢の,いわゆる欧体と言われる書風はいわば凹レンズ型であるのに対して,顔真卿(の顔体)は凸レンズ型である。たかが縦線と言いたいところであるが,微妙な曲線で表現することで個性と味わいが出るのである。
⑥ 曲げる・直線
たとえば「見」を考えていただきたい。下側のヒトアシは一画目は左下に払うものである。しかし実際に書かれた文字を見ると,ほとんど直線で書いている場合がかなりある。また,反,版などの部品としての“又”は左右に払うのであるが,これも小さく書く場合または込み入った文字の部品として書く場合には往々にして(×のように)直線で書かれることが多いものである。わずかな曲率の曲線を正直に曲げて書くことは意外に少ないと言えるかもしれない。「典」,「真」,「貝」などを想起していただければ理解できるのではないであろうか。
⑦ 直線の傾斜
手書きされた「画」を見ると,「凵」部の縦画が垂直線に書かれているものは非常に少ない。ほとんど上部が空き気味,すなわち左側の縦画は左に倒れ,右側の縦画は右に倒れた斜線になっている文字が多いという傾向が認められる。一方,「渦」の旁の二つの「冂」も同様に下が窄まる形に書かれることもある。
これは,楷書の筆法を考えてみるとよくわかる。たとえば「口」の字形は下の横画を少し短く書くことによって安定した字形になることを教えられる。この傾向は「口」だけでなく,「田」,「日」,「目」などにも言える傾向である。
これは上述のように,もともと楷書の筆法がそうであるだけでなく,小学校で教える教科書体でもこの形で教えているのであるから,このように書く人が多いのは当然である。
明朝体の横画が水平にデザインされていても,手書きで水平に書く人だけではないことにも通じる。一般に縦画でほぼ垂直に書かれるのは「中」,「申」,「東」などの中心を貫く線ぐらいであって,その他の縦画は,どちらかに傾く傾向があるように思われる。
こうした手書き特有の傾斜とは別に,たとえば「直」の二画目の類の問題もある。「真」の二画目などにも言えることであるが,明朝体でもユレの対象になる部分である。手書き文字の場合,これが斜めになりすぎると三画目の起筆位置に近くなる。これもユレの一種と見るべきであろう。縦か斜めかのユレは,そのまま起筆・収筆の位置問題につながる場合もあるのである(小学校では,「真」,「直」の二画目は垂直として教える)。
⑧ 点・横画
ゴンベンの一画目,すなわちナベブタは楷書では点である。しかしこれを横またはほとんど横に近い線で書く人は多い。
⑨ 点・縦画
上記とは逆に,ナベブタの一画目を縦画にする人も多い。このあたりは目に触れる活字体の字形に引きずられるのかもしれない。
⑩ 起筆位置の差
「人」の二画目を一画目起筆部と同位置から起筆する人はまずいない。「久」の三画目を二画目の転折部から起筆する人もほとんどいないであろう。「木」の三,四画目を十字の交点から起筆する人もいるし,やや下から起筆する人もいる。とくに偏に来る場合の四画目は下から,しかも離して起筆することも多い。早書きの場合などで,起筆位置が縦画の左になる場合も多く見られる。
さらに「口」などの字形は,二画目が一画目起筆部よりかなり下から起筆される書き方もよく目にする。このように,収筆部だけではなく,起筆位置もさまざまなポジションをとるものである。
⑪ 曲げ方・折り方の差
「九」の二画目にはさまざまな形状のバリエーションが存在する。二画目の横画から転折後のほとんどをなめらかな曲線で書かれることもあれば,さらに二回の折りで表現されることもある。曲線の場合でも,Rが大きな曲線にする人も入るし,小さいRの曲線に書く人もいる。「必」の三画目なども,かなり書く人によるバラツキがある文字の一つである。同様なことは「心」についてもいえる。また「浅」の七画目のようなタスキなども形状のバリエーションが多い方であろう。
これらの手書き文字におけるユレは,明朝体ではデザイン差になるものと,手書き文字だけのユレとされるものに分けられる。明朝体でデザイン差になる,というものは明朝体様式に則った場合に複数の表現方法があるということである。
⑫ (相対的な)長さの差
「三」の三本の横画の長さについては。真ん中<上<下ということは多くの人が認めていることであろうが,それでは「羊」,「春」はどうであろうか。あるいは「実」はどうであろう。この文字の場合,上<真ん中<下という書き方も多く見られる。「奉」の下の「キ」における二本の横画の長さは?
これらの文字の実際の書き方では,長さの関係はかなりマチマチである。「雪」の「ヨ」の中の横画を上下と同じにするのか,短くするのか,あるいは長くするのかなども個人差がある。この文字は小学校第二学年で学ぶ文字であるが,学習指導要領の「学年別漢字配当表」の字形では,この三本はほとんど同じ長さだけに解釈は区々なのである。したがって,これらの長さの差は文字の字体を決定するものではなく,単に書きグセの範疇なのである。
⑬ その他
ここで記述している目的は,手書き文字の字形を見て明朝体などの印刷用文字を設計する際に誤った解釈をすることを避けるためである。しかし,実は逆のケースもあるのである。
現代という時代,手書き文字を見るより印刷された文字を見るチャンスの方が圧倒的に多くなった。このことは,印刷用の文字字形が手書き文字の字形に影響を与える時代になったということでもある。そのために,八屋根を付けたり筆押さえを付けたりといった,本来は印刷用文字(明朝体だけでなくゴシック体にもある)の形をそのまま真似た手書き文字も現れることになる。そういう意味では手書き文字も「何でもあり」の世界になった。手書き文字の字形が明朝体に似れば似るほど,じつは解釈を危うくすることをしておかなければならないともいえるのである。

posted by gen : 2006年10月24日 21:48

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