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2006年10月09日
…【文字の違いとは何か】
文字の「違い」とは何か(5)
伝言ゲーム的「新字開発」
今回は異体字発生の要因のひとつともなっている「伝言ゲーム的変化」について取り上げる。
本項(4)で「女」の二画目の起筆が三画目の上に出るか出ないか,という字形の差について論じた。教育漢字の字形(教科書体といわれるものであるが,楷書体と言い換えても間違いではない)では「少し出す」形で教え,一方,社会生活の規範書体である明朝体では「三画目に接して上には出さない」字形が標準的に用いられていることを示したのであるが,この両者は筆写の字形と印刷用文字の字形との差として受け止めることも不可能ではない。
そこでもう少し一般的な字形の差について分析していくことにしたい。最終的に問題にしたいのは
- 筆写の字形と印刷用文字(ここでは,ほとんど明朝体に絞って比較する)の差
- 明朝体同士の差
しかし,その話の前に述べておべきことがある。漢字における異体字の発生要因にはさまざまな力学が作用しているのであるが,多くの原因に「伝言ゲーム」的要素がかかわっているということである。詳細は別途,具体例をみながら論ずることにすることとして,ここでは概要だけを述べる。
最初に楷書で書いたものをみながら草書でこれを写し,それをさらに別の人が楷書で書き写すと,最初の文章とは違った文字が入り込むことがあり得る。それは楷書と草書という書体字形の間には一対一ではなく,「多対一」の対応関係で成り立っているからである。楷書と行書においてさえ,この関係を有する文字群があることも銘記しておかねばならない。
右図を見ていただきたい。これは,草書体で書くと,“波”,“彼”,“保”,“計”,“豫”の偏は,すべて同じ字形になることを示している。つまり,サンズイもギョウニンベンもニンベンも皆同じということになる。同様に,“行”,“軒”,“新”の旁も同じになってしまう(岡田起作著『草海』文会堂書店 1912)。
以上の例を見れば,草書の形を見て楷書で書くと,場合によってニンベンがギョウニンベンになってしまうというメカニズムがわかると思う。
次に示すのは,草書で同一形になる例である(前掲書より)。
たとえば「熊」も「態」も草書ではほとんど同一に書かれる。したがってこれを楷書に書き直すときに入れ替わってしまうことは十分に考えられるのである。この資料によれば,「欲」と「會」などという,楷書の字形からは似ても似つかない文字が草書では同一字形になってしまうことがわかる。
しかしこれはあくまでも「正規の崩し方がわかった人の手になる草書」においていえることであり,自己流の崩し方をした文字は,さらに多数の(しかも本来は選択されようがない)文字にまで結び付けられてしまう可能性がある。既存の文字に当てはめるのであればまだよいのであるが,結果として新規に文字を創造してしまうことも大いにありえるのである。
「崩し方」をストロークレベルにまで落としていくと,楷書→草書→楷書,という筆写遍歴だけでなく,楷書→楷書→楷書→…という転記においても上述した現象が起こる可能性も否定できないことになる。
こうして際限もなく文字が増えていってしまうという構造ができあがるわけであるが,そこには「勝手に文字を創造してしまった」という感覚はまったくないだけにいっそう深刻なのである。しかもこの種の「新字開発」はいまでも続けられている可能性がないわけではない。だからこそ文字に対する意識をみんなが高めていく必要があるのである。
次回は筆写(手書き)文字における字形のユレについて検討したい。
posted by gen : 2006年10月09日 09:43