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2006年09月29日 …【文字の違いとは何か】

文字の「違い」とは何か(3)

手書き文字と印刷用文字の「出る・出ない」

JIS X 0213:2004「追補1」で例示字形が一部変更されているのであるが,この中には,たとえば,
JISにおける「鵠」の字形変更.JPG
のような例がある(左が変更後,右が変更前)。この「例示字形変更」には,字体差から単なるデザイン差まで,さまざまな種類の「差」が含まれているのであるが,この文字について「表外漢字表」では「交わるか,交わらないかに関するデザイン差の例」にも挙げられている(下図)。
表外漢字表デザイン差の説明としての「鵠」.JPG
「常用漢字表」も「表外漢字表」も,そしてJIS規格においても,「字形」の定義は曖昧に思われる。「常用漢字表」や「表外漢字表」では「字体差でなければデザイン差」という二元論の立場を採っており,とくに後者においてその思想が顕著であるが,そんな単純なものでないことについて機会あるごとに主張してきた。しかし残念ながら理解者は少ない。
この問題を掘り下げて考えようとすれば,まず字形の差がどのように現れるのかの分析が必要があるが,多くの専門家は,そういう分析を放棄しているかに見える。そこで,ますます混迷の度が深まるばかりになるのである。
先に例示した「鵠」に話を戻す。この二つの文字の字形的差異は,偏の三画目の縦画収筆が下側の横画を貫くか否かというだけである(そこで表外漢字字体表では「交わるか,交わらないか」の差としているわけである)。しかし貫いたとたんに部分字形としては「牛」になるから,運筆を考えれば「筆順が違う」ことになる。筆順違いの文字を単なる「デザイン差」などと呼ぶ鷹揚さは,さすがに許されるものではないであろう,というのが私の基本的姿勢である(これは「字体差とは何か」という問題でもあり,別途,詳細に論ずることにしたい)。
なぜ,この種の文字を「デザイン差」で片付けようとするのかを考えると,(「好意的に」深読みしているのかもしれないが)手書き文字の「出る・出ない」と同一視しているのではないか,と思えなくもない。
前回の「田」字のバリエーションを想起してほしい。この漢字は小学校第一学年で履修する漢字である。「中の縦線と横線は,ちゃんと外側の線に付けましょう」と習ったはずであり,ちょっとでも離れれば先生に注意されたであろう。にもかかわらず実際に社会に出てから書く「田」は,四箇所ともしっかり外側の線に付けて書く割合は何と十数パーセントに過ぎないのである。そしてそれは前回も述べたように「それでも十分に通じる」ということを社会に出てから実地に学んでいったからなのではないであろうか。
これを「鵠」に敷衍して考えてみる。「女」字形でも述べたように,まだ書いていない線に接するように止めよなどといっても,そう簡単にはいかない。かくして「牛」を書くつもりではないにもかかわらず,縦画が下側の横画を若干はみ出てしまうことは,手書き文字である以上おおいにありえる現象といわねばならない。しかし,その現象を印刷用の文字(古い言い方をすれば「活字」)にまで応用するのは間違いである。手書き文字で許されることと印刷用の文字で許されることとは同一でないばかりか,その字形上の意味合いもまったく異なることも多い。しかも印刷用の文字デザインにおいては,手書き文字に見られるような「ユレ」を許容する必要などまったくない。計算しつくされた形状表現が可能だからである。
手書き文字字形において許容されるユレと,印刷用文字字形のバリエーションを同一視することはまったくナンセンスであり,したがってこのバリエーションを「デザイン差」としてひと括りにすることなどはできない。「デザイン差」の範囲というのは,「表外漢字表」で述べているほど幅広いものではないのである。
手書き文字の「鵠」における偏の上部が「牛」に近くなってしまうことはあり得るし,それを「鵠」であるとみることには大きな抵抗はないが,印刷文字でその差が現れれば,それを同一視することには躊躇せざるを得ないのである。

posted by gen : 2006年09月29日 14:40

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